カタカナ表記論

情報処理関係のマニュアルを読むと
わけのわからないコンピュータ用語がカタカナで続出するので
なんとかならないかという声があります。
そもそも著者もかなりいいかげんな使用法をしているのではないかというのです。

私の意見は要約すると
やたらのカタカナ使用は迷惑でいかがかと思うが
(特に化粧品やファッション業界の雰囲気的文章はよろしくない)
外来語のように、異文化、新技術導入の際には
カタカナは便利でかつ必要である。
(ハングルも日本の数百年後に作られたかな文字)
(中国語にかな文字に相当するものがないから不便)

現在の情報処理に見られるカタカナ氾濫は一部好ましくないが
新技術導入にあたって避けられないものであり、
この混沌とした時代をのりきって、整理されたカタカナ用語が
日本語として残される(はず)。

とりあえず、数年前に私が発表した文章を紹介します。
これをホームページにも載せました。 日本人の器用さ(カタカナ使用もその1つ)

この中では「日本人の器用さ」という
題で道具と機械に関する技術史を古代
から現代までまとめ(最新のOA機器の
操作性を含む)、日本人の新しい便利な
ものを積極的に受け入れる革新性と、
伝統的特性としての器用さの二重構造を
明らかにしました。

カタカナ文化があったから、明治時に
急速に外国の文明技術を受け入れることができた。

私のホームページのあちこちに
カタカナ標記の功罪を書いてありますが、
もう少し整理してここにまとめるつもりです。

言語学者による外来語の特性

以下に私の感想を述べる。

明治からの英語などの外来語の氾濫は、確かに英語からの借用語に高級感を感じ、
英語の背景と英米文化に対して我々がある種の劣等感を有していることでもある。

しかし、無理に日本語に訳したり、対応づけたりするよりも、まずそのまま外来語を
取り入れるという積極的な対応が日本人の特性だと思われる。

たとえば、野球のアウト、セーフ、ストライク、ボールを無理に日本語に置き換える
必要はない。

コンピュータ用語では、中国人は軟磁盤というところを日本人はフロッピーディスク
という。
ラムとはカセットテープのように、記憶を書き直したり、保存したデータを読み出す
ことのできる補助記憶装置であるが、中国人は「随機存取存儲機」といい、
レーザディスクのように、読み出しはできても、書き直すことのできない記憶装置
ロムを「只読存儲機」といっている。

中国語では、意味をそのまま表しているのでわかりやすいともいえるが、新しい概念
ほど説明が長くなり、的確な表現が困難になっている。

日本人が、外来語をそのままフロッピーディスク、ラム、ロムと受け入れたため、
すぐ本質にせまり、すみやかに技術移転に対応できたのではないだろうか。

「ご飯」のことを「ライス」といったり、「さじ」のことを「スプーン」といったり
する必要はないが、「フォーク」のことを明治の旅行者のように「小くまで(肉刺熊手)」
などと無理にいうべきではない。

司馬遼太郎による戦時中の陸軍戦車隊の和製専門用語

ほんとうにあった戦時中の楽器の和式名前

カード、カルタ、カルテと本来の意味は同じであったのに、日本語に取り入れたときの
背景文化の影響により別な言葉として使い分けをしているのは、これも日本人の智恵
ではないだろうか。

化粧品の宣伝などにみられるように、必要のない外来語を多用し、日本語を混乱させる
のは、我々の劣等感ゆえのなせるわざかもしれないが、詩人のようにイメージを膨らま
せる、日本人のファジー好きの特性かもしれない。

コバルトブルーの空とも言ったり、紺碧の空とも言ったり、その場その場での語感を
大事にするのは、もはや劣等感というよりは、日本人の表現力の深さではなかろうか。

逆に日本語から欧米の言葉に取り入れられた言葉もある。
外国人はゼン、トーフ、スシ、ジュードー、カラテなどはその言葉にそなわる価値を
認めて受け入れたであろうが、
ハラキリ、ゲイシャ、フジヤマ、ネマワシ、ヤクザなどに必ずしも日本文化の優位性を
認めて移入したわけではない。

すなわち、劣等感のうらがえしである高級感を言葉に付加するために、外来語を受け入
れる場合だけではなく、興味から受け入れる場合もあるのではないだろうか。
その例として宮本は日本語の中の外来語として、チョンガー、エイズ、サド、マゾなど
あげたいが、これについては主観の相違があるかもしれない。

井上ひさし氏は、名詞や形容詞や副詞がカタカナになろうとも、
動詞や助動詞がカタカナにならなければ、日本語は安泰と普段から言っている。
しかし、コンピュータ・ゲームなどで使われ始めた「ゲットする」のような
言葉がこれからも使われて生き残ったら、要注意、危険な信号と新聞に書いていた。
私は、それは一時の流行とみるが、どうだろうか。

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