推理小説の部屋 2号室

皇帝のかぎ煙草入れ、八墓村、本陣殺人事件、砂の器、成吉思汗の秘密、樽、
奥の細道殺人事件、高層の死角、ABC殺人事件、不連続殺人事件(こちらは 前のページ)

そして誰もいなくなった、伯林 一八八八年、清少納言殺人事件、 天使の傷痕、金沢殺人事件
ノストラダムス大予言の秘密、マラッカの海に消えた、邪馬台国の秘密、五十万年の死角
死媒蝶

殺意の演奏、ペトロフ事件、黒いトランク、盗まれた手紙、ゼロの焦点、幻奇島、津和野殺人事件、
オリエント急行殺人事件、天竜峡殺人事件、京都 恋と裏切りの嵯峨野 アクロイド殺し 人間の証明 
だれがコマドリを殺したのか? (こちらは次のページ)

 ようこそ 推理小説の部屋ヘいらっしゃいました。

 推理小説やこの種の映画やテレビドラマについて、
最後まで見ていない人に犯人を教えたり結末を話すと、
その人の楽しみが奪われついにはを見ることになります。

実際に外国で、テレビドラマの筋書きを、求めてもいないのに話した人が、
怒った家族から暴行を受けた事件がありましたね。

ということで、ここでは推理小説の見どころ(のさわり)を私の独断で紹介します。

 なぜ推理小説なのか。それは単に私の好みだからです。
推理小説はパズルのようなもの。
読者は作者の出した問題を解くことができるか?
作者と読者との知恵の戦い。

アガサ・クリスティー:そして誰もいなくなった

童謡殺人事件。この作品は評判もよかったが本人が一番満足していたとか。

三流学校教師であるヴェラ・クレイソーンは、ある日、彼女を秘書として雇いたいという
手紙を受け取った。差出人はU・N・オーエンとあり、消印は”デボン州スティクルヘブン、
インディアン島”と押されていた。

インディアン島は、近頃新聞ざたになっていた。というのは、ヨット好きのアメリカの
富豪がそこに豪奢な大邸宅を建てたが、さる事情から島を手放すことになり、誰が
その島を買うのか、さまざまな噂が飛びかっていたからである。

ヴェラは教師の勤めにあきていたので、この申し出を喜んで受けることにした。

しかし、この島へ向かっていたのは、彼女だけではなかった。最近引退したばかりの
判事ローレンス・ウォーグレイブを始め、もと陸軍大尉のフィリップ・ロンバート、
老嬢エミリー・ブレント、マカーサー将軍、アームストロング医師、遊び好きな青年
トニー・マーストンなどの合計8名もいた。彼らはヴェラのようにオーエン氏に
雇われたり、招待されたりしたのだ。

島の邸宅に着いた一同は、召使いのロジャース夫妻に迎えられた。ヴェラの案内された
部屋は2階にあり、眺めもすばらかった。暖炉の上には大きな額に入った羊皮紙があり、
童謡(マザー・グース)が書かれてあった。
彼女は、なるほどここはインディアン島なんだと内心喜んだ。

・10人のインディアンの少年が食事に出かけた。 一人がのどをつまらせ、
 9人になった。
・9人のインディアンの少年が遅くまで起きていた。 一人が寝過ごして、
 8人になった。
....................
・一人のインディアンの少年が後に残された。 彼が首をくくり、後には
 誰もいなくなった。

やがて夕食の時間になり、テーブルの中央に、インディアン島にふさわしく、小さな
陶器のインディアンの人形が10個置かれていた。招待者オーエン氏が不在のため、
初めのうちこそお互いによそよそしかったが、料理も酒も上等で、全員満足して
上機嫌になった。

その時突然、鋭い声が部屋中に響いた。
「諸君はそれぞれ、次に述べる罪状で殺人の嫌疑をうけている。
 エドワード・ジョージ・アームストロング、汝は1925年3月14日、
ルイザ・メェリー・クリースを死に至らしめる原因を作った。
エミリー・カロライン・ブレンド、汝は1931年11月....」

こうしてロジャース夫妻を含めた10人の過去の殺人の罪状が、全員の前で暴露されたのだ。

最初に行動を起こしたのはロンバートであった。彼はすばやく隣室に駆け込んで、
大きな蓄音機を見つけた。そして置かれてあるレコードに針を落として初めから
レコードをかけると、あの声が再生されたのだ。しかし、ロジャースの説明によれば、
これも主人オーエン氏の命令によるものだった。

みんなが自分は無罪であると自分の正当性を主張し、自己弁護しているうちに、
車で子どもをひき殺したと告発されたマーストンが酒を一息に飲みほしたところで、
苦しそうにむせ、そのまま死んでしまった。

翌朝、ロジャース夫人が亡くなった。就眠中のできごとであった。
やがて、みんなは初め10個あったインディアン人形がいつのまにか8個に減っている
ことに気がつく。

そして、全員は自分たちのおかれた状況が恐ろしいことになっているのに気がつく。
毎日来るモーターボートが、今日に限って島に着かないのだ。そして、島と対岸の間には
電話線がないので、救助の連絡を取る手段は何もないのだ。

どうやら、ここにいる全員は、法律上は罰せられない殺人を犯したため、オーエン自身
が罰を与えようとしてこの招待を計画したのだと考えるよりほかになかった。

そして、確実に殺人は行われ、一人ずつ死んでいく。
インディアン人形も几帳面に1個ずつ減っていく。

そして、最後の一人になって、しかもその人間も見えない存在に殺されてしまう。
このタイトルのように「誰もいなくなった」のである。

何日か後に連絡がないので、外部の人間が島にやってくる。
そして、10人の死体を発見する。
また、殺された人間の克明につけていた日記を読んで、恐ろしい殺人事件が
行われたことを知る。しかし、犯人はどこに逃げたのだろう。
誰もこの島から脱出した形跡はないのだ。

だが、これでは読者のフラストレーションは満足されない。
不思議だ。一体誰がどうやって全員を死なせてしまったのだろうか。

作者は読者のために、瓶の中に入れられた手紙が対岸に流れ着いて、
それを読んだ人間に、この犯罪がいかに科学的に行われたかを知らせている。

海渡英祐:伯林 一八八八年

ドイツ留学中の若き森鴎外が密室事件の謎を追うというユニークな設定。
第13回乱歩賞受賞作品。

ドイツのローベルト・コッホ研究所に留学中の森林太郎(後の森鴎外)は友人北里柴三郎と
1888.1.7にウンター・デン・リンデン通りを走るビスマルクの馬車に
無政府主義者の青年が近寄るが警備の警察官に取り押さえられる場面を見る。
警察から手荒い扱いを受けて血を流した青年は、ブランデンブルク門を指さし
「いつかあの上にインターナショナルの旗がひるがえるだ」と叫ぶ。

鴎外は友人岡本修治とその女友達ベルタと彼女と同じ踊り子エリスの4人で
いつも集まって、ベルリンを若い仲間と楽しくすごしていた。
あるとき友人の岡本修治と観劇後に、閨秀詩人のクララ・ヴァルターに紹介される。
クララを見たとき初対面ではないと思う鴎外は、やがて彼のミュンヘン時代に
ミュンヘン郊外のシュタルンベルク湖を歩くクララと義父を、時々見かけたことを思い出す。

岡本の女友達ベルタが最近元気がないのでみんなで訪問してみると、首を吊って自殺していた。
外務省のフォン・ベルンハイム伯爵に迫られての自殺と思われるが、岡本は
彼女は伯爵に殺されたのだと主張する。彼女は伯爵との結婚を願う母親と恋人岡村の間で
悩んだ末に自殺を選んだのかもしれない。

それから、クララがベルンハイム伯爵の城へ鴎外を招待しにやって来る。
気の進まない鴎外に対して、岡本は、鴎外が城へ行って、侯爵が犯人かどうか探りを
入れるよう頼む。そこで鴎外は心ならずもベルンハイム侯爵の城に行くことにする。

城には多数の外国人の客も招待されていた。後から甥の城で一休みしようと鉄血宰相
ビスマルクも吹雪の中をやって来るが、クララが彼女の部屋が銃撃され、伯爵も
ひたいの中央を打ちぬかれて死んでいた。
ベルンハイムはビスマルクの甥だが政治的に対立していた。
そして甥ベルンハイムは女に対して品行が良くなかった。

部屋の戸締まりは完全で、雪の上には様子を見に行った秘書の足跡以外には
何も認められない完全な二重の密室であり、シムメル・シュロス城に残る
白い馬の伝説「出口もないのに、姿が消えて...」と同じであった。

ビスマルクの指揮下で捜査中、伯爵令嬢アンナの恋人で逃亡中の社会主義者
カール・レーマンが発見され、射殺される。警察も事件をもてあまし、
カール・レーマンを犯人として政治的解決をはかる。

それはそうとして真実を知りたい林太郎の推理はすすみ、
ついに意外な犯人を割り出す。もしかしたら犯人は女なのか。
彼の推理はビスマルクに全く無視され、帰国の途についた彼はインド洋の船の中で
あの事件のとき都合で途中に帰国した英国人から詳しい事情を聞いて、
見落としていた(知らなかった)事実を知らされ、彼はさらに意外な真犯人にたどりつく。

森鴎外がビスマルクと同時代に同じベルリンにはいたが、
森鴎外を探偵にするとは。

山村美紗:清少納言殺人事件

京南大学法学部助教授浜口一郎とキャサリン・ターナーの恋愛をおりこみながら、
二人が殺人事件の犯人を推理するシリーズ。

キャサリンは元アメリカ副大統領の娘。浜口一郎は元外務大臣の甥で、
キャサリンが来日したことをきっかけに、若い二人の交際が続く。

最初キャサリンが来日したときは彼女はコロンビア大学の学生だったが、
その後大学を卒業してカメラマンとして何度も来日するようになる。

キャサリンは事件にあうたびに、必要に応じて華道、茶道、着物、百人一首など
日本古来の文化や習俗を学びながら推理していく。読者も一緒に日本文化を
勉強することになる。

浜口一郎は両親に早く死に別れ、叔父に育てられた。
叔父は内心一郎を政治家の跡継ぎにさせたいようだが、一郎は研究者の道を歩んでいる。

キャサリンの行くところ殺人事件が起こる。しかし、何度も彼女の推理によって
めでたく事件が解決するので、狩矢警部などの信頼もあつい。

今回も京南大学大藤教授邸での新年パーティで野川いずみ(和泉式部)が
毒殺された。
いずみは共にパーティに参加した藤原彰子(清少納言)、嵯峨紫(紫式部)らと
京南大学助教授の椅子を争っていた。

さらに有力な教授候補伊吹助教授が自宅でトリカブトの毒により死ぬ。
まさに密室殺人事件。

作者山村美紗は若い男女の恋愛ムードを楽しんでいるかのように
一郎とキャサリンはシリーズが進むとともに少しずつ親密になっていくが、
結婚にいたらない。

そして、とうとう作者は過労のため亡くなってしまった。

山村美紗の書く推理小説は京都を舞台にしたものが多い。
寺社や名所旧跡を季節の行事とともに描いて、読むだけで京都を旅行している
ような気にさせる。

山村美紗の一家と家族ぐるみの付き合いだったという作家西村京太郎は隣に
住んでいた。彼女は最初から作家西村京太郎のファンだったらしい。

京都府立大学文学部 国文科を卒業し、昭和32(1957)〜39(1964)年まで
京都府立伏見中学の教壇にたったのち、結婚し主婦になる。
西村京太郎に負けず1974年に自分もミステリー作家として「マラッカの海に消えた」で
デビューし売れっ子になっていった。

1996年9月5日午後4時15分、滞在先の帝国ホテルで心不全のため亡くなった。62歳だった。

山村美紗の父親常信(つねのぶ)は京大教授、弟汎(ひろし)は北大教授だった。

夕べのテレビ(1998.9.20)では、西村京太郎は彼女は賞というものをとっていないので
なんとなく自信がなかったのではないかと言っていた。
ある女医は、プロセスを愛せなく結果だけを気にする人、とまとめていた。

賞をとってもその後作品を発表していない作家、太宰治のように賞はとらなくとも
後世に残る作家もいるので、賞は一つの参考資料でしょうか。
山村美紗は過去3回江戸川乱歩賞の候補になった。しかし、受賞できなかったのは
何かが足りなかったのだろうか。たまたま同じ時期にすぐれたライバルがいて
そちらに賞をさらわれたのだろうか。

山村美紗:百人一首殺人事件

昭和53年に書き下ろしの小説なので、浜口一郎はまだ講師、キャサリンは
いったんアメリカに帰ってから、1年間の予定で東京の大学に留学生として来ている。

一郎にお正月を京都で過ごさないかと誘われてキャサリンはやって来る。キャサリンの
泊まっている三条河原町のホテルは一郎のマンションに近い。

二人が八坂神社のおけら参りに行ったとき、殺人事件にであう。
若い娘が破魔矢で心臓を一突きにされていた。即死である。
なぜか被害者の着物の袂に、百人一首の下の句「やくやもし ほのみもこ かれつつ」
の書かれた札が入っている。

来ぬ人を 松帆の浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ
  藤原定家

偶然にも、キャサリンは事件の起こったとき写真を撮っている。そして、二人は狩矢警部に
写真の現像を頼んで、できあがった写真から、現場に百人一首の権威のK大学国文科
宮井教授がいたことに気がつく。キャサリンは宮井教授のところに百人一首のことを
教えてもらいに行き、そこで若い男女の参加する「新日本かるた会」のことを知る。
殺されたのは麻生ユカリという大津の総合病院長の娘だった。
そして、麻生ユカリと彼女の婚約者野上春彦は「新日本かるた会」の会員だった。

キャサリンの記憶で、現場にいた舞子の着物柄から、置屋でその舞子に会うことの
できた一郎とキャサリン。 舞子の小菊と小雪

その後、宮井教授が自宅で殺され、遺体のそばに「ゆくへもし らぬこひの みちかな」
の取り札が見つかる。しかもそれは密室殺人だった。

由良のとを わたる舟人 かぢをたえ 行く方も知らぬ 恋の道かな
  曽根好忠

そして、新日本かるた選手権大会の後、王朝衣装の狩衣をつけた麻生信也が
青酸カリ入りのウィスキーボンボンを食べて死んだ姿が発見される。
そして「わかころも てにゆきは ふりつつ」の札があった。

問題の三枚の札は、三年前の新聞社主催の全日本かるた名人戦の京都地区予選の決勝で
野上春彦に負けた江木淳が焼身自殺をしたとき手に握りしめていた札だった。

そして、野上春彦も自宅で殺される。キャサリンたちと電話をしているとき客がきて
野上が来客を迎えに行ってから電話は切れてしまったのだった。

そして今度は絵札が遺体のそばにあった。
風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ 砕けてものを 思ふころかな
  源重之

背景に父が犠牲になった医療悪と恋人の裏切りによりカルタ大会で負けて自殺した兄
のことがあったから。復讐にもえた若い娘。

殺人事件の謎解きと、京都を中心とした日本文化を学びつつ楽しむキャサリンと
彼女をエスコートする一郎。若い二人の恋愛を作者も楽しみながら書いていたようだ。

西村京太郎:天使の傷痕

この小説は昭和40年度、第11回江戸川乱歩賞受賞作品である。
西村京太郎というとまず頭に浮かぶのは「トラベル・ミステリー」であろう。
しかし、私はこの作品を知っている。あと「四つの終止符」も知っている。
乱歩賞・直木賞受賞作家の高橋克彦氏と話をしたことがある。
私が「四つの終止符」を知っていると言ったら、誉められたものだった。

新聞記者田島は武蔵野の雑木林でのデート中に殺人事件に遭遇する。
被害者は死ぬ間際に「テン」とつぶやいて息を引き取った。
殺された男はトップ屋で、誰かを強請ったりして、評判の悪い男で、
恨んでいる人も多かった。

やがて、「テン」とは「天使」のこととわかったが、いったい「天使」とは
何を指すのだろうか。

トリックや殺人の動機を書くと、当時世界的に問題になった歴史的事実があるのだが、
ここでは具体的なことは書かないでおく。つまり、この小説は、社会問題を
扱っていたのだ。そこが他の(単なる)犯人当てゲーム的推理小説とは違う。
そういうわけで、この作品は社会派推理小説と呼ぶべきであろう。

この小説で作者が言いたかったことは、やはり後半で明かされる「天使」の謎に
絡んだ社会的問題と、それに絡む日本人的社会心理への訴えではないのだろうか。
このような被害者的立場の弱い人たちは形を変えても現代も存在するのではないだろうか。
だから、この作品は推理小説を越えた作品であると思う。

「四つの終止符」もやはり弱者の立場を扱った社会派推理小説であった。
しかし、作者はこれ以後ゆきずまったかのようにこの方面の作品から決別し、
作風を変えて鉄道トラベルミステリーの専門家になってしまった。
またこのような社会的問題を扱った作品を書いてほしいと思う。
それも、やはり作品が売れないと出版社も乗り気でないだろう。
つまるところ、読者の嗜好が作者の仕事に影響を与えるということなのだろうか。

最近、環境ホルモンの講演会を聞いた。そのとき、化学合成された
ジ・エチル・スチルベストロール(女性ホルモン)を流産防止薬として投与された
妊婦から生まれた胎児が、やがて思春期に達し膣癌が多発したという、米国の
専門誌の論文のことを聞いた。20年前の薬が危険だということがわかって禁止しても、
それから更に20年間は、この問題をかかえた少女たちが不安におびえながら
生活していかなければならないという。
まことに新しい薬の開発と使用については、慎重にやらねばならないのである。

内田康夫:金沢殺人事件

名探偵浅見光彦が活躍するシリーズ。
兄陽一郎は刑事局長のエリート。彼らの母雪江は未亡人でまだ元気さかん。
陽一郎と妻和子その子二人、これが浅見光彦の家族である。
兄嫁和子としては、早く光彦が結婚して、この家を出てほしいと思っている。
しかし、浅見光彦にはロマンスがない。いつも事件では若い女性を救う話になるが、
ロマンスはまとまりそうでまとまらない。(軽井沢の先生つまり作者が、この方が好
きだからだろう。いつまでも浅見青年はたよりない独身でいてほしいと)

金沢市の兼六園の近くの通称「美術の小径」で女子大生北原千賀が、急な石段の上から
突き落とされて死んだ。
実は彼女は、東京の平塚神社での殺人事件の被害者のダイイングメッセージ
「オ・ン・ナ・ニ.........ウ・シ・ク」という言葉を聞いたのだった。
彼女は警察に知らせたが、かかわりあいになりたくないので電話でその
ことを警察に教えたが、自分がどこの誰だか名乗らなかった。
(実は彼女はアパートで飼ってはいけない猫を飼っていて、その猫が生んだ子猫が
3匹死産したので、それを平塚神社に埋めに行ったのだった)
警察は彼女のことを犯人だと思ったが、とおりかかった浅見光彦から推理を聞いて、
彼女は目撃者にすぎないと思った。

正月に帰省中の彼女が金沢で殺されたことから、彼女は東京の平塚神社で、犯人から
姿を見られたと思われて、狙われたのではないかと、浅見探偵は推理する。

警察は表向き動けない。東京と金沢の殺人事件を結びつけるのは素人探偵の推理だから。
しかし、浅見探偵が勝手に動くのはとめないと虫のいい警察官もいて、浅見探偵は
例によって、「旅と歴史」のルポ記事を書くための取材旅行と称して金沢に向かう。

浅見は、「美術の小径」を通って、被害者の女性が行ったであろう金沢の美術館に
行ってみた。お正月に展示のあった「加賀・能登の伝統民芸品展」のパンフレット
をもらい、それを見た浅見は、「牛首(うしくび)紬」という文字に注目した。

その「牛首紬」の由来は、白山の近くの白峰(しらみね)村の牛首地区で
作られたからであった。牛首紬は、玉繭(たまゆら)という二匹の蚕が1つの玉に
入った、奇形の繭を使ってつむいだ糸を使う。糸は複雑によじれてつむがれる。
その不揃いの、ごつごつとした感触が、玄人筋に好まれてきたという。

浅見の調査の旅は進み、東京で殺された男山野稔の趣味は考古学であったことがわかる。
ぬけめのないその男は、確かに敵がいたようだ。
鶴来町役場で教えてもらった牛首工房で 山野稔は女ときた ということを浅見は知る。 
また 能登の和倉温泉で8月上旬の花火大会を見に行く と男は言っていた。 牛首工房でそう聞く。

浅見は 和倉温泉まで行ったが 連れの女はキャンセルして来なかったという。
さらに 浅見は 男が 女花火師の紹介で 和倉温泉のホテルに泊まったことを知り
浅見は 女花火師を訪ねる。
女花火師の夫も、やはり考古学の趣味があったが 3年前に癌で死亡したという。
女花火師の娘は 殺された北原千賀の高校の後輩であった。
浅見は この娘から見せてもらった考古学の同人誌名簿をてがかりに、金沢の高校の美術教師の名前を知る。
しかも、彼はその花火師の娘や「美術の小径」で殺された女子大生の高校生の時の
美術教師であった。 ということで、容疑者のアリバイくずしということになる。
浅見は 北原千賀の高校の美術教師長瀬義治 と その妻香奈子に会いに行く。

しかし、高校の美術教師のアリバイは成立し、浅見の推理ははずれる。
そして、まだ浅見の知らない事実が、その後の調査で判明する。

鶴来町の牛首紬の玉織繊維の専務の吉崎潔は  やり手の山野稔から 牛首紬の生産をもちかけられていた。生産拡大は無理な相談だった。
白山比淘蜷_(しらやまひめのおおかみ)の巫女が 吉崎潔と男が話すのを立ち聞きしていた。  牛首紬の生産の話を 巫女は 役場の角田に話した。
そのことを角田から聞いた 浅見は 巫女に会い確認した。 どうやら 吉崎潔の話した相手は 山野稔だったらしい。

どんでんがえしにやや無理があるが、ともかく石川県の観光や物産の紹介しながら、
浅見シリーズを無難にまとめている。

作者は この時期1989年に 13冊の推理小説を書いていた。

 内田 康夫(1934年11月15日 - 2018年3月13日)
  2015年7月26日、軽度の脳梗塞が見つかり入院。その際に毎日新聞で連載していた
  シリーズの114作目となる浅見光彦シリーズ作「孤道」は2015年8月12日で終了した。

高木彬光:ノストラダムス 大予言の秘密

この本は昭和50(1975)年2月20日に初版が発行された。
そのきっかけは、「ノストラダムスの大予言」(G島勉)が大変なベストセラー
になったことだ。G島勉氏を以下G氏と書くことにする。

この「ノストラダムスの大予言」の中で、G氏はノストラダムスは世界史上最高の
大予言者であると祭り上げて、その予言の的中率は99パーセントと断定して、
そのうえで人類最後の破滅の日が1999年7月に迫っていると宣言したのである。

この本が出てから、若い女性の中には
「あの『大予言』は、ほんとうにあたるのでしょうか?」とか、
「子どもを作ってもいいのでしょうか?」とか、
「この子の将来はどうなるのでしょう?」と高木彬光に質問した人が多かったという。

本格的に論ずるため、G氏の本にも載っている原書「ヘンリー・G・ロバーツ:
ノストラダムスの全予言」(The Complete Prophecies of Nostradamus)をアメリカから
取り寄せ、これを徹底的に読んで、高木彬光はG氏の本を批評している。
この本の各ページには、左半分に中世のフランス語で書かれた4行の原詩、
右半分にはロバーツ氏の英訳が載せられている。

高木彬光は作家の中では比較的占い研究を続けた方である。占いに関する著書も
数冊出版している。彼の目からすると、ノストラダムスは「霊感占い」に属するという。
高木彬光によると、占い師のうち9割くらいは、霊感占いであり、
ひどい例では、東京オリンピックの年に東京大震災を予言したことがある。
みごとにはずれたわけだが、高木彬光が後でその占い師に尋ねたら、
彼は「東京大地震になったら大変な被害が出るから、神様たちが会議を開いた
結果、しばらくとりやめることにした」と答えたという。
もちろん、霊感占い者の中には千人のうち一人くらいは本物もいるだろうと
高木彬光にいう。

高木彬光のこの本では、ノストラダムスと比較するため、ある程度記録の
残っている、日本の大予言者といわれる高島嘉右衛門と出口王仁三郎
について解説し、彼らの占いがどの程度的中したか検証している。
そのうえでノストラダムスの予言の的中率を高木彬光なりに計算して、G氏の
いうような99パーセントどころか、点数をあまくしてもせいぜい35パーセント
くらいしか当たっていないと断定している。

結局ノストラダムスは国王アンリー2世の寵愛を失い宮廷を去らねばならなかった。
彼が国王にあてた手紙を解読すると、「いま一度、宮中に復帰したい」という
願望を高木彬光は感じたという。息子の描いた肖像画を見て、口のあたりに
欲望の満たされない不満を感じた高木彬光は、自分の才能が正当に評価されず
世に受け入れられぬ不満を持ったノストラダムスにしてみれば、予言が暗い色彩
をおびてくるのも当然であると推定する。

高木彬光はアメリカから取り寄せた原書とG氏の「大予言」を見比べながら
ノストラダムスの詩は「なんとでも解釈できるものが多い」から
これを過去に99パーセントの的中率をもっていたと書くG氏は大誇張であると
述べている。具体的な記述については、ここでは省略する。
以下に極端な(誤訳の)箇所だけ紹介しておく。

G氏は「ゲーテはノストラダムスの原本の一部を読んでいたとき、突然ワッと叫んで
イスから飛び上がった」とその「大予言」に書いた。
さらに引用を続けるなら以下のようになる。
「ゲーテは『パスツールは半ば神のように尊敬される』
と書かれた文章を読んで、19世紀初頭の歴史を、16世紀のノストラダムスが
予言したことを、ゲーテがショックを受けたのは当然である。」
「実は、このゲーテショック説は、こまかい年代を追求していくと、
多少の疑問が出てくる。」
「ゲーテとパスツールは、同時代人ではあったが、ひどく年齢が離れており、
ゲーテがノストラダムスの原本を読んだのはもっと前だった可能性が濃いからだ。」
「しかし、それはこの場合、問題にならない。仮にゲーテのショックが伝説で
あったとしてもノストラダムスが約300年後のパスツールという人物を、
無数の名前のなかから選び出して予知した事実は変わらない」

高木彬光はここを鋭く指摘する。
実は、ゲーテの生年、没年は(1749−1832)で、
パスツールのそれは(1822−1895)である。
そうすると、ゲーテが世を去った時、パスツールはまだ10歳の子どもだった。
パスツールがパリのエコール・ノルマルで物理や化学を学んだのは、1843年から
46年までである。
ゲーテがわずか10歳やそこらの少年パスツールの輝かしい将来を知るはずがない。
ましてや当時の道路状態の悪いドイツのワイマールから遠い隣国フランスのことを
知るのは困難。

高木彬光はこの問題の原文全体を英訳とも比較しながら次のように解釈する。
 失われ長いあいだかくされふたたび見いだされる
 一人のパスツールは半ば神のように尊敬される
 しかし月が大きな周期を終わるや否や
 彼は他の古い人々によってその名声を失ってしまう。
彼の名前を記念して創られた「パスツール研究所」は今日までもすぐれた業績を
あげて、「他の古い人々によってその名声を失ってしまう」というのはおかしい。

そもそもパスツール Pasteur を固有名詞ではなく、普通名詞として解釈したらどうだろう。
そう考えて、高木彬光は「一人の牧師」と解釈すれば4行全体は文章としておさまる
ことを指摘する。しかし、これでは予言としてさまにならない。
つまり、ここはへんてつもない文章を、パスツールという固有名詞にとびついて
しまったため歴史的事実を無視したことになったのだと高木彬光は推理する。

「どうにでも解釈できる予言」を異常誇大に解釈したG氏の「1999年7月に
おこるといわれる全人類の大破滅」、これを明確な証拠により粉砕しようという
高木彬光は、いよいよ結論に迫る。

なんとノストラダムスはこの予言書で3797年までの未来を語っていたのだ。
それは予言の他に、ノストラタラダムスがアンリー2世にあてた手紙と(1558 6.27)
息子セザール・ノストラダムスにあてた手紙である(1555.3.1)。
そして、その息子の手紙の中に、「これは今年から3797年まで絶え間なく続く
事件の予言である」と書いてあるのだ。
ノストラダムス自身は決して1999年全人類が破滅することを予想しては
いなかったのだ。

高木彬光は書く。
G氏の「大予言」の最大のあやまりは自分の独断、強引きわまる解釈によって
原書のノストラダムスの予言そのものさえ曲解し、しかも運命絶対論的な見解を
強調して、1999年の人類破滅が、絶対にさけられないものだ
と断定したことにあったろう。

たとえば、あのちびまる子のコミック(第8巻)にこんな場面がある。
「明日の試験にいい点をとっても、どうせ1999年7月にこの世は滅びるのだから、
ムダな努力はしないもんね」そう言って、勉強もせず部屋でごろごろして
「ドラえもん」を読みふけるまる子の姿。
それに対して日常的常識的な姉は「あんた、もし何も起こらなかったらどうするの。
バカな大人としてみんなに笑われるよ」とたしなめる。
「1999年はどうなるかわからないけど、明日の試験ができなければ、100%
確実に怒られるでしょ」

さめたまる子の姉のような人はよい。
なんと多くの人が、心配しすぎて悩んだことだろう。
これを悪用して、新興宗教で勧誘したものもいたろう。
ノストラダムスのいうことを全部信じたら、未来は人間がどう努力しても変えられ
ないのだから、諦めるほかはないのだが。(彼はその本の中で運命は定まっていると書く)

人類の破滅説だけ受け入れて、怪しげな予言者や新興宗教に救いを求める人間は
矛盾した存在なのだが、悩める者はそんなことに気がつかない。
(もう一度書くが、ノストラダムスはどうあがいても人間の運命は変わらないと
書に書いている。したがって現代の超能力者や卓越した教祖が奇跡的能力を発揮しても
この世の運命は変えられないのだ。変えられるという者は、逆にそのことによって
だけでもノストラダムスを否定することになるのだ)

売らんかなの出版社と世の不安をあおるG氏に決然と戦いをいどんだ高木彬光は
すでにこの世にいない。
1999年7月は何事もなくすぎていった。
きたる2000年7月を無事過ごして、改めて高木彬光の真面目な作家活動と勇気を
讃えたいと思う。2000.7.4

G氏の出版シリーズを徹底分析して、G氏に問題を投げかけている本も見つけた。
山本弘「トンデモ ノストラダムス本の世界」(羊泉社)である。
G氏の本がベストセラーになってから、この種の本がいろんな著者によって沢山
書かれて売り出された。まあ、いってみればブームに乗り自分もひと儲けに
あやかりたいという人間のねらいがあったのだろうか。

この本には、ノストラダムス関係の本を書いて、自分の勝手な解釈を押しつける
(G氏を含めた)多数の著者たちの著書を切りまくっている。
考えてみれば、この著者もノストラダムスでひと儲けと言えないこともないが
フランス語に関してくわしい説明をしていて、一読の価値はある。

世紀末待望論ということもないが、G氏の「ノストラダムスの大予言」をもてはやし
たマスコミや文化人や宗教関係者、そして何となく受け入れて影響を受けてしまった
心の弱い庶民が、G氏とその出版社を結果的に応援したようなことになったのだろう。
2000.10.15

まじめな研究者の本「さよならノストラダムス」

山村美紗:マラッカの海に消えた

山村美紗は昭和43年から48年にかけて、江戸川乱歩賞に応募しながら、
あと一歩というところで受賞作品に選ばれなかった。

メイン・トリックのすばらしさは選考委員が誰も認めるところだが、文章の表現力
とか、全体の構成がいまひとつ欠けるとされて、他の作品に賞をさらわれてしまう。

しかし、この4度目の応募作品「ゆらぐ海溝」は賞には選ばれなかったが、
選考委員の推薦もあって、昭和49年1月に講談社から題を「マラッカの海に消えた」
と改められ出版された。以後、彼女は推理小説作家として順調な道を歩む。

石油会社の美人OLだったヒロインは、田岡部長の秘書であったが、
結ばれぬ彼との愛を精算して、夫と社内結婚した。
しかし、性格の不一致で夫との結婚生活はぎくしゃくしている。

夫はマレーシアのペナン島に出張した。2年間の単身赴任は二人の結婚生活
を見直すためにも、都合がよいかもしれないと夫婦は考えた。

彼女が新しく移ったマンションに間違い電話がかかってきて、それがきっかけで
作家になる希望をもっていた彼女は、小説を書く題材が得られるかもしれないとの
期待から、マンションの近くのクラブに行くことにした。

いちおうカツラをかぶって濃い化粧をして行ったので、誰も彼女だろうとは
見破れなかったのだろう。なんとそこにはいないはずの夫が隅のテーブルに
いたのである。しかし、夫は彼女を見ても気がつかず、太った60歳くらいの男と
話をしていた。やがてボーイがメモを持ってきたのを見て、夫は立ち上がって
出ていってしまった。

彼女はそのボーイにチップを渡して、そのメモは田岡という男からのメッセージ
であることを聞き出す。

翌日、テレビでDホテルで会社重役の田岡氏が殺されていた、というニュースが
流れ、彼女は驚く。

心配になった彼女は10日後に、ペナンの夫のもとに旅立つ。
夫はその事件のあった時にはペナンで交通事故を起こしていて、日本に行っては
いないことがわかる。

しかし、警察が調べていくと、それは会社の他の人間の起こした交通事故を
夫が身代わりになって、相手の被害者のマレーシア人と口裏をあわせたことが
判明する。そしてやはり、夫はその時に日本にいたのである。しかし、日本から
ペナンに帰る飛行機に乗った時刻から、夫のアリバイは成立したかにみえる。

やがて事件は意外な展開をして、夫はペナンの高床式断食堂の中に腐乱死体と
なって発見された。密室殺人事件である。
その謎は彼女が解き明かす。そして生前に彼女が夫から聞いた夫の野望は
この事件のすべてを説明するものだった。

日本の生命線とも言われる、日本にとって貴重な資源が運ばれるマラッカ海峡は
その南端にシンガポールが位置するなら、この小説の舞台であるペナン島は北端に
位置する島であると言える。

この小説であつかわれている男女の愛の不確かさ
それは作者山村美紗の実際の夫との関係を反映したものかもしれない。
現実の彼女も離婚している。(作家活動が忙しくなり夫婦の関係が変わったから
かもしれない)

揺れ動く男女の関係をあつかう彼女の小説は、どこか明るい将来を感じさせる、
恋人関係のキャサリンと一郎のシリーズのように、波にたゆとう船のようにゆらゆら
揺れながら、なかなか結婚にいたらない小説の中で、恋愛の楽しさを追求している
ようにも思われる。

小説を読んでいくうちに新しい事実が出てきたりして、作者も考えながら書いて
いるのではないかと思われるところがある。書く前に全体の構成をきっちり考えて、
その枠の中で小説を書いていくというタイプではないように思われる。

おそらく作者自身も犯人を誰にしたら納得できるか、ヒロインの愛のゆくえはどう
なるか等を書きながら考えていくように思われる。男女の愛の描写などはそういう
書き方で成功している面もあると思われるが、犯人を決める手がかりが後から
突然思いついたように出てくる傾向は、この時から認められるようである。
そんな書き方が、審査員に満足を与えなかったのかもしれない。

 

高木彬光:邪馬台国の秘密

成吉思汗の秘密でベッド・ディテクティブに成功した作者は、この方法で学会の謎
女王卑弥呼の邪馬台国がどこにあったかを、神津恭介(かみづきょうすけ)探偵が
独特の推理で解き明かす小説を書いた。

例によって、このテーマに関するおおよそすべての学説を紹介して、魏志・倭人伝の
漢文とその日本語訳を説明している。
これだけ読んでも、読者は日本史の勉強になる。

しかし、私はこの小説の中で、距離の誤差が推理のポイントになっていることに
大変興味を感じる。私の学科の卒業生にとっても重要な科目である測量学のことを
今ちょうど調べることがあって勉強していたのだが、三角測量の誤差計算が
この小説の推理に使われているということを発見して、楽しくなった。

帯方郡から邪馬台国までの距離の記述から、神津探偵は邪馬台国の位置を推理する。
(1)帯方郡→狗邪韓国(くやかんこく) 7千余里
(2)狗邪韓国→対馬国         千余里
(3)対馬国→一大国(いきこく)    千余里
(4)一大国→末廬国(まつろのくに)  千余里
(5)末廬国→伊都国(いとのくに)   五百里
(6)伊都国→奴国(なのくに)     百里
(7)奴国→不弥国(ふみのくに)    百里
そして
(8)帯方郡→邪馬台国       1万2千余里

もし余里というのをはぶいて(1)から(7)まで加算すると、合計1万7百里となる。
不弥国の次に邪馬台国にたどりつくとして、不弥国と邪馬台国の間の距離を考えると、
(8)の数字から、さきほど計算した1万7百里をひいて、千3百里となる。
この千3百里の距離が、多くの学者に邪馬台国の位置を迷わせたものである。

神津探偵は、昔の人が距離を記載するのに、端数を省略して概数で表記したのでは
ないかと推理する。その端数を余里と書いておいたのは、著者陳寿の真面目さであろう。
そして、その端数を切り捨てたりした場合は、誤差を捨てたことになる。
だから、本当の距離を考えるためには、誤差を考えてやらないといけない。
もし、合計1万7百里に誤差10パーセントを加えるとしたら、1万1千7百里となる。
合計1万7百里に誤差20パーセントを加えるとしたら、1万2千7百里となる。
当時の距離測定技術を考えたら、10パーセントや20パーセントの誤差は当然
あったものと思われる。

すなわち、10パーセントや20パーセントの誤差を考えると、不弥国と邪馬台国
の間の距離はないものに等しい。よって、神津探偵は不弥国と邪馬台国の場所は
ほとんど同じであると推理したのであった。

神津探偵の指摘した距離の誤差は、ありえる話である。昔の人が距離を正確な数字で
記載したのではなく、概数で(専門用語でいうなら)まるめて、表記したのであろう。
この小説にも書いてあるが、角度の誤差も相当あったろう。南東とか東の方に
いくら進むという表現で、その方位は現代測量からすればかなり不正確なもので
あろう。当時の角度の計測で1度単位で測る技術はあったかもしれないが、
魏志・倭人伝の表記には、そういう細かな角度表現はない。

ということは、距離だけでなく角度の誤差も相当あったろうと思われる。
そして、現代の測量の技術では、角度と距離が同じくらいの精度で測られた時と、
角度の精度にくらべ距離の精度が悪い時の、それぞれの誤差調整の方法は異なっている。
したがって、この小説で説明されているような、簡単な誤差調整では、現代の
測量にはとうてい役立つものではない。
しかし、従来の学者が指摘しなかった、距離の誤差を記述したこの小説は、やはり
工学部出身の著者だと感心させられる。

 

伴野 朗:五十万年の死角

五十万年も前にアリバイとか推理小説の題材があったのか。そう思ったのでした。
作者は新聞記者だった。さすがに書き方がうまい。この題にしても日本語文法を
守っている。

これは北京原人の化石が、太平洋戦争中に失われた事件をテーマにして、
書かれた推理小説なのだ。この北京原人の頭蓋骨は未だに行方不明なのである。
日本軍の手に渡らぬうちに米国に持ち運ぼうとした米国の学者が国外持ち出しに
失敗したのだとも言われている。真相はわからないので、このような小説の題材
となるのであろう。
この小説は乱歩賞受賞作品として昭和54年10月に出版された。

この小説を読んだことがひとつのきっかけとなり、その後1988(昭和63)年に
私は北京に行ったとき、北京を案内してくれた人に頼んで北京原人の博物館を訪れ
たのである。そして、北京原人の化石が戦後も続々発掘され、北京原人の頭蓋骨を
はじめ貴重な資料がたくさん陳列されているのを見て、安心して帰国したものだった。

日米開戦の時の北京、貴重な北京原人の頭蓋骨を安全な場所に保管しようと、
北支派遣軍司令部の那須野中将は高松中尉を共和医科大学に派遣させたが、すでに
その頭蓋骨は金庫から消えていた。誰がいつ持ち去ったのか。

軍属通訳戸田駿は司令部の那須野中将から、この北京原人の頭蓋骨を探すよう
命じられる。この頭蓋骨を探して自分の管理下におきたいのは、米国、中国国民党
(蒋介石は藍衣社に命を出したらしい)、帝大教授にそそのかされた日本軍の松村
機関、そして中国共産党も文化的遺産を保護しようとしている。

那須野中将から資金を得たが、戸田駿の武器は堪能な中国語だけで、これらの敵と
向かい合って、北京原人の頭蓋骨を探さなくてはならない。
ただ、彼は亡くなった父親が中国の理解者で、たくさんの中国人が日本留学をした
とき援助したので、父親の影響を受けて、他の日本人よりは中国人を理解している。

さまざまな人物が登場するが、テンポが早く、あきずに読んでしまった。
昭和16年12月8日から16日までの9日間の物語である。
古書店を営む国志宏(実は共産党員) 国志宏の秘書張玉珍 藍衣社の十三妹(燕雲)
骨董屋の丸井陽太郎 北京原人のあった共和医科大学の事務総長秘書のヒルシュブルク
松岡機関の佐々木月心

戸田が北京の町をてがかりを探しながら時には中国人の食べる料理店に入ったり、
北京の市場を歩く描写は、北京に行ったことのある私にとってはとても楽しい。
この小説を始めて読んだのは中国に行く前なので、そのときはこの楽しさはわからな
かったろうと自分自身を反省している。やはり、小説の舞台も実際に行ったことの
ある場所では臨場感も増すものだ。出てくる料理名も知っているものがあると楽しい。

ドイツ人のヒルシュブルクは手がかりとなるドイツ語を話した。
Die Sonne ist tot.  太陽は死んだ。ここで太陽とは丸井陽太郎のことである。
その次に彼女は言った。 Er hat sie getotet. 彼は彼女を殺したと直訳してはいけない。
ドイツ語を理解している人は意味が分かるはず。sie は die Sonne をさしていたのだ。

北京郊外の周口店で発見された北京原人の化石は、現地の博物館に展示されている。

森村誠一:死媒蝶

マンションの10階から突き落とされた男の姿が消えた夜に、
同じマンションの3階では一組の男女の不審な心中事件が起きていた。
この作者の得意な筋の運びで、一見無関係の2つの事件が繋がっていたことが解明されていく。
やや強引なこの作者の筋の運び方は、一部の批評家からは批判の対象となっているが、
世の中にはいくつもの人間の欲や思惑にもとづいた動きがあって、それらはたいてい
無関係に、近い場所で、多少の時間のずれで行われているものなのであろう。
偶然にも違う事件が重なり合って、警察はこの事件の関係に注目して、事件の謎が
解き明かされていく。

東北の農村から出稼ぎに来て行方不明になった夫を追って東京に出てきた女の
悲しい事件。それに巨大企業王国の跡継ぎをめぐる争いや有名私立大学の経営
をめぐる争いもからませて、読者をぐいぐいひっぱっていく。

私がこの小説にひかれたのは、題名のごとく蝶にまつわる知識が事件の鍵を解く
鍵であったからだ。表紙に描かれているギフチョウ。その食草はカンアオイである。
カンアオイの種子が事件解決の鍵となった。

カンアオイの種子が偶然撒かれた場所に数年後にギフチョウが飛ぶという描写は
あまりにできすぎの感もあるが、そういう場所にカンアオイが自生するようになれば
遠くからギフチョウも飛んでくるかもしれない。昔は高尾山にもいたという
ギフチョウであるが、おそらく関東近郊にはきわめて珍しくなったのであろう。

            

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