Entschuldigung! ―― ごめんなさい ―― Y君は物理学者Y教授の令息で、小学校から高校卒業までドイツで 過ごした青年です。日本に8年ぶりに帰ってきて、みごとT大学の 入試にパス。今4年生です。今夏、久しぶりにミュンヒュンに お里帰り、たくさんの友人との再会をよろこびました。 彼のドイツ生活での最大の教訓は、Entschuldigung!「失礼、ごめん」 ということばを、けっして使ってはならぬ、ということだそうです。 むろん,電車バスなどで人の肘に触れそうになったりしたらすぐ Pardon![パルドン]とわびなくてはいけないし、人に道をたずねるとき にもEntschuldigen Sie,bitte! と断わって話かけなくてはいけません。 つまり、実害のないときには丁重にわびなくてはいけない。 しかし、実害のあるときには、絶対に使ってはいけないというのです。 たとえば、Y君のお父さんがミュンヒェンに留学していた頃、 ある日本人留学生が横断歩道上で酔っぱらい運転の車にはねられました。 その留学生が病院でドイツのお巡りさんと看護婦さんに看とられながら 死ぬ直前、意識をとりもどして一言、"Entschuldigung!" 「ごめんなさい、済みません」と言い残して亡くなりました。 そのため、はねた加害者は無罪になりました。 そんな、バカな。 日本人は死ぬとき「ご迷惑をかけました」と言って死ぬんだ。 「罪」Schuldが自分にあると言ったわけではないのだ、―一 当時Y君のお父さんや私たちは、そういう上申書を裁判所に出したものです。 Y君は一世代前のその話もよく知っていました。それで、この夏 レンタカーで走っているとき、ミュンヒェンのとある交差点で タクシーに突っこまれた際にも、はじめはドイツ語がわからぬ顔 をしていて、最後にバイエルンなまりで相手を徹底的にやっつけ てやりました。 警察で調書をとりおえ、意気揚々と帰りしな、お巡りさんに、 つい「失礼します」のつもりでEntschuldigung!とひとこと言ってしまった。 すると警官の表情がさっと変わって、もういっぺん全部はじめから 調べをやり直されてしまった、―というのです。 「おやじの代から言い伝えられてきたことなんでずが、いやあ 骨身にこたえて、もう一度思い知らされました。 ドイツでは、いやヨーロッパでは、口がさけても《ごめんなさい》って 言っちゃいけませんね」、――Y君は口惜しそうにそう言うのでした。 Pardonl 「ごめんなさい」。 Entschuldigung! Verzeihung! 「失礼」。 Entschuldigen Sie,bitte! 「ちょっとおそれ入りますが」。 ☆ ☆ ☆ ヨーロッパ人を絶対に自分の過ちを認めない。 どうでもいいときだけ謝る。 これに関連のある小塩先生の基礎ドイツ語に載せた記事(謝らない日本人)