森崎和江:からゆきさん

森崎和江:からゆきさん、朝日新聞社(昭和51年) 「からゆきさん」のことを書いた本 この本の中のからゆきさんは総論的な紹介で 具体的な描写はされていないのは当時の状況ではやむをえなかったこと。 この著者の業績を評価した山崎朋子が苦労して取材したすえ 「サンダカン八番娼館」を書くのである。 (山崎朋子は崎和江からアドバイスを受け、天草まで行くのだが土地の人々は誰もからゆきさんのことは話してくれない) 森崎和江は友人の綾さんから からゆきさんの話を聞いて、それをこの本の中に紹介している。 綾さんの実母はからゆきさんで、綾さんは実母の仲間のおキミに育てられた。 おキミは浅草の見世物小屋に売られたが、16歳のときに 李慶春の養女になり朝鮮に連れて行かれた。 おキミは養父から戸籍を見せられ 自分が天草の牛深の父の長女として生まれた記載に線を引かれ、朝鮮の李慶春の養女になったことを知る。 そしてもう故郷の実家に手紙を出すこともできなくなったことを実感する。 おキミは娼楼に売られそこで働いていたが、日本人М氏によって身請けされ 彼女は彼の第二夫人となり、彼の経営する娼楼ではたらくことになった。 М氏はつぎつぎと女たちをひきぬいて女たちをはたらかせたが 綾さんの母は第七夫人だった。どういうわけか他の女たちには子どもを産ませなかったが 第七夫人だけは子どもを産むことが許され、それが綾さんだったのである。 綾さんの実母は娘が三歳の時に朝鮮と清国の国境で亡くなった。 綾さんの実父М氏は貧しい農家出身であった。玄界灘を渡り苦労しながら 朝鮮人の下で働き必死に朝鮮語を覚えて通訳として独立する。 やがて、日本の朝鮮半島における鉄道建設の現場の各地で遊郭をかまえて成功する。 綾さんは育ての親のおキミから「自分の老後を世話してくれるなら女学校に通わせるが、そうでなければ女郎になれ」と言われ女学校の道を選ぶ。 綾さんは日本で結婚して幸せな家族と暮らすのだが ときどき昔を思い出してキチガイのようになる義母おキミには手に余り ときどき友人の森崎和江に相談したことで、この本ができたらしい。 思い出したくないおキミの過去、それが森崎和江が本を書く動機となったのだろう。

  サンダカン八番娼館