メンタルヘルス研究協議会 平成9年度報告書

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平成9年9月18日と19日に虎ノ門パストラル(東京農林年金会館)で
開催された文部省主催のメンタルヘルス研究協議会の報告書が届きました。

昨年度は、工学部教務委員長、工学部学生委員長、学生協議会委員長の兼任という
非常に忙しい1年間でした。

このメンタルヘルス研究協議会では、全国の国立大学や高専の教職員が
悩みをかかえている学生をなんとか救おうとして苦労している様子が聞けました。

2年間の工学部学生委員の任も解かれましたが、今後もなるべく学生を助けたいと
考えています。

以下に報告書の中から、いくつか紹介します。

信じすぎる学生
大学の先生が自分の大学時代に友人をつくって、卒業後もその友人と
つきあって、本当にすばらしい人生の宝をもっている場合がある。

そういう話を1年生にした場合、余り強調しすぎると、学生の中には、
大学で友だちをつくらないと、自分は人間的に失格ではないかという
ように、余りにもまともに解釈しすぎる者がいる。話は半分に聞いた
ほうがいいよと言っても100%信じてしまうのだ。

ある先生が、大学の1年生というのは大学4年間の中で一番楽しい時期
だから、これからだんだん勉強とかが忙しくなって、学年が進むと
大変になるから、1年生のうちに大いに遊びなさいとありがたい言葉を
述べると、その話を聞いた学生の中には、1年生のときあまり楽しめ
なかったので、これからだんだんもっと悪くなると思うとそれを考えた
だけでぐあいが悪くなるとか、そういうことをいう学生がいるということを
知っておいたほうがいい。

大学生のときにはアルバイトをして、疑似体験をして社会性を身につけ
ないと、立派な人間になれないとかいう一種脅迫的な文言を先生が話する
と、それでかなり不安を強くして具合を悪くする学生もいるということを、
どこか心の片隅に入れておいたほうがいいと思う。

悪徳商法に気をつけよう
悪徳商法の問題が今かなりクローズアップされている。私の大学でも、
電話勧誘とか訪問販売による被害があって、私のところに来談していろいろ
悩みを訴えてきた学生がいたのだが、ノーと言えない、嫌と言えない学生
がふえているのではないか。そして、断るときもあいまいな断り方で、
「いいです」とか「結構です」というようなやさしい断り方をしていると、
今業者はかなり洗練されているので「いいです」というのは「オーケー」
ということで契約書をどんどんつくっていく。

あとは電話で喫茶店とか呼び出して最初はやさしく言っているのだが、
これは押したほうがいいなと思われる学生には脅しに近い文句で
「ここまで私の時間を使っておいてこれで契約を破棄するとなると多額の違約金が必要」
だとか「1回そういうブラックリストに載るとあなただけでなく、あなたのお父さんにも
迷惑がかかってあなたのお父さんが会社にいられなくなりますよ」というような、
かなり露骨な脅迫的なせりふを言ってくる業者もいる。

最初の段階で世の中にはそういう業者もいるというか、勧誘の問題という
ものを「学園だより」とかの広報誌で教えたのだが、活字だけだとなかなか
インパクトが弱いということで、講義の中でも紹介している。

皆さんの住んでいる県や市の消費生活センターのところに、何々大学の者
ですが、うちの学生はそちらの方でどのぐらい苦情があるでしょうかと
いうことを聞くと、かなりありますよ。そして被害の実情というのをかなり
丁寧に教えてくれる機関があります。

(文部省主催 メンタルヘルス研究協議会 平成9年度報告書)

なお、この研究協議会が終わってまもなく、学長と学生部長と学生部
ならびに学生協議会の委員の皆様にも、簡単な報告をしました。
それも以下に紹介します。

   ○   ○   ○
基調講演の名古屋大学副学長の講演を聞きました。
名古屋大学の学生アンケートから
モラルの低下が浮かび上がってきました。
カンニング、キセル乗車、万引き、無免許運転学生は1〜2割。
(岩手大学でも、大学祭実行委員会にアンケートとってもらいたい)
秩序無視、モラルの低下は全国的?世界的?

名古屋大学の大学祭のテーマ
「くさった学生、くさった教授」が特別講演で紹介されたら
メンタルヘルス協議会で、ある大学関係者から
「くさった学生、くさった教官、くさった事務官」
との発言がありました。

すごく熱心に学生の世話をする先生もいるかと思うと
人間的に欠陥のある教官もいるという話題提供がありました。
良い先生
 研究室を学生に解放している。冷蔵庫にはビールを切らさない。
 学生チューターを活用している。他の学部の学生も来る。
 就職相談から身の上相談まで。その先生は帰宅は深夜2〜3時。
悪い先生
 廊下で挨拶をかえさない学生からは、怒ってレポートを受け取ろうとしない。
 自分の学説を答案に書かないと合格にさせない。
 立場の弱い女子学生にセクハラをする。
 学生にレポートを書かせ、それを自分の論文にしてまとめる(?)。
 大学院生の研究指導をしない。

体育の先生はマスゲームをさせたら問題学生はすぐ浮かび上がるから
自分には問題学生を発見する特技があると披露していました。

特定の先生だけが学生の世話をしているのは大学として問題で
教官がみんなで平等に学生の指導をすべきであると思います。

カウンセラーが相談者が来ないと開店休業をなげくより
学内に広く徹底的にPRしたり、相談室をくつろげる雰囲気にして
学生が来たくなるよう自分から努力すべきだと力説していました。

カウンセラーは学内の学生部や学生委員会や留学生関係委員会と
連絡をとりあって、学生に対応できるネットワーク体制を作るべきだ。

学生がなぜカウンセラーのところに行かないかというと
心理学の先生や精神科の先生に心の中を覗かれるのが
いやだからという声もあるそうです。
牧師さんだったら相談するのにとも言っていたそうです。
#カトリック教会のようにカーテンで仕切られた懺悔ボックスが必要(?)

学生が自殺というパニックを起こすのは
就職、恋愛、研究の上の悩み等複数の問題が重なったとき。
(単独の悩みならなんとか乗り切ったのに、一度にまとめておしよせた)
でも、あとから考えたら本人は回りにサインを送っていた。
サインを見分ける能力を教官も事務官も持ちたい。

昔の学生にくらべて今の学生は問題を自己で解決する能力が不足している。
そもそも、何が問題なのか自覚していない。問題を自覚している学生は
まだましなほう。

さて私が発言したことは以下の5点です。

・岩手大学工学部では、留年が多いから、対策として成績不振者の父兄に
 手紙を送り激励してもらっている。留年のきざしは1年生からなので
 学科の教官1名につき5名程度の1年生を割り当て、アドバイザー制度をしている。

・対面相談を希望しないで、電子メールで相談希望の学生には
 電子メールによるカウンセリングがあってもいいのではなかろうか。
 (他の大学からも賛成の声)

・私は研究室の学生がPCでゲームをしても禁止しません。
 ともかく学校に来ていれば世話できる。ゲームしながらキーボート
 の勉強をして、そのうち本格的プログラミングすればよい。
 ムンクは自分の精神の悩みを絵を描くことで解決した。←アートセラピー
 したがって学生がPCでゲームで遊びながら心の安らぎを得て
 やがて研究にアプローチすることを、PCセラピーと呼びたい(宮本の造語)。

・ピア・カウンセリングの勧め。つまり教官事務官どうしでカウンセリング
 をしあうこと。メンタルヘルスを求めるのは学生ばかりでない。
 助けてほしいのは教官のほうだとの冗談も私の回りの声です。
 論文業績というノルマに追われ、大学の任期制も目の前にあります。
 事務官にしても人は減るのに仕事は増える。そんな中で
 留学生のために残業をしたり、簡単な中国語会話を勉強したりする
 事務官がいます。こういう立派な人には、私は称賛の言葉をかけます。
 人間誉められたら誰でも嬉しくなる。
 教官どうしで学生指導に疲れたら声をかけあって、スクラムを組んでいこう。
 (ピア・カウンセリングは他2名の保健管理センター教官からも提案されました)
 ビア・カウンセリング peer counseling
  子供は大人の鏡、大人の問題がすぐ子供に影響する。
 これと同様に弱い学生は、教官の影響の中にある。
 教官が強くないと学生が結局困ってしまう。一人一人の教官は弱いこともあるが
 協力しあって情報交換して互いに相談相手になったら自分も強くなる。

・保健管理センターの専任教官、情報処理センター専任教官、留学生担当教官
 これらは共通点がある。 サービス業務をしなくてはならない。しかし
 研究もしなくてはならない。
 大学だから昇格するには論文数編が必要になる。しかしサービス業務を
 しないで研究だけしてもらっては大学は困る。
 業務と研究の両立は大変困難。その状況を全学的に理解してやらないと
 いけないと思います。
 たとえば該当する教授会で、その専任教官の業績評価の時に
 論文の数だけを数えるのではなく、サービス業務を考慮してあげたい。
 カウンセリング50名したら査読論文1編に相当するというような
 申し合わせがあったらいい。
 (この私の提案にカウンセラーの先生方はにっこり、よく言ってくれた
 という顔でした)

この研究会に毎年参加する高専の先生がいます。
実は私と共同研究をしていて、会が終わって帰ろうとすると大雨なので、
この機会を利用して近くの居酒屋で雨宿りしながら、いろいろな話をしたものだった。
二人が帰る頃は雨もやみ、ちょうどいいあんばいでした。