メンタルヘルス研究協議会 平成8年度報告書

学生部から「メンタルヘルス研究協議会 平成8年度報告書」が
届けられました。(当時は学生協議会の委員だった)

中をぱらぱらとめくって見ていると
面白そうなことが書かれてあった。
(その一部を岩手大学のネットワークニュースに書きました。
それから転載します)

ある国立大学のI大学長の挨拶の中から
「若い教官層の人たちを見ていると、どうしても研究第一主義に走りたがる。
考えてみれば、将来のためには研究業績を積まなくてはいけないのだから。
そういうわけで、教育とか、問題学生の対応、広い意味での学生支援などは
必要最小限のことしかやらない。
これが教官サイドの大きい問題点であると思う。
昨今、教官の任期制が話題になっているが、教官の業績をどのように
評価するべきか。研究業績の他に、教育業績とか学生支援への貢献も
評価の対象にしないといけない。」

この学長は、芸能人が「お客様は神様です」という言葉を引き合いに出して
「学生さんは神様である」という認識を、大学の教官も持たなければ
ならないと思うといっていた。

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戦後からの大学生の心のありようをみると、
おおまかに2つの時代に区分される。
初めは、学生運動の盛り上がりから学園紛争に至るまでの
あるべきイデオロギーを求めて外に向かった時代であり、
次に来たのが自分のあるべき姿を求めて個々に向かった
時代である。

2つの時代は重なっていて、すでに学園紛争の終わり頃に
相談を担当する教官の目にとまった無気力学生は、後の
時代のはしりであった。
この”自分探し”ともいえる心のありようは社会の変化に
ともなって増え続けており、無気力や無目的、大学生の
不登校といわれる”うずくまり”や、逆に海外旅行や
芸能活動、ボランティア活動といった”迷い”や”試し”
の方向にも向かった。
かなりの学生が先の破壊的教団に巻き込まれたのも、その
1つの現われと言えるだろう。

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私も学生運動の盛んだったころ大学院生でしたから
あのころのことを思い出します。

ただ
当時の学生運動では自分のことをわきにおいて
教授や世の中を攻撃していたのに、
今の学生は限界をわきまえて(社会を変えようとしても無理だということが
わかって)、自分の内に考える対象を求めていったので
ありましょう。

関心をもつエネルギーは、頭のいいだけあって相当なもの。
ただし悩むだけで積極的な解決方法を知らないから
ベクトルの方向が曲がってしまったのでしょう。

それとも単純に受験勉強に疲れて、かんじんの大学に入ったら
もう勉強したくない、単位がとれないというだけでしょうか。

「子供の数が減るのだから、教育にかかる経費は、それに比例して
少なくてしかるべきでないか」という認識が、財政当局では一般的である。
しかし、一人一人を育て上げるのに必要なエネルギーは、むしろ高く
なっていると思う。子供の教育にはよほど心をこめて育て上げないと
これからの日本は立ち行かないのではないかと、非常に危機意識に近い
ものを持っている。大学生の層の広がりと、一人一人を大事にして
送り出す必要性から、学生時代にどういうような教育をし、どのような
指導をするのかというその重みは、ますます高まってくると思う。
(文部省高等教育局長 雨宮忠)
原文の一部は読みやすく変えてあります。

私は昭和28年に卒業した旧制大学の最後の学生だった。
戦争中は中学生だったが、3、4年生ではほとんど学校には
行くことができなく独学であった。旧制大学の理学部の物理学科は、
そのころ卒業してもすぐには就職ができないことが確実であった。
当時の先生たちは講義は下手だった。だから講義から得るところは
何もなかったけれど、よかった点は、弟子たちの仕事を邪魔しなかった
ことと、啓示を与えること、つまりインスパイヤリング inspiring
であった点を非常に高く評価したい。
(大阪大学長 金森順次郎 学士院賞受賞)

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今の大学教授は講義が下手なら、学生からの評価で反省しないといけない。
(工学部ではすでに、学生の講義評価をまとめて各教官に配付した)

私の習った大学教授でも、半分以上は、学生がわかるようには説明して
くれなかった。自分さえわかっていればよいという顔で講義をしていた
教授が相当いたように思われる。
あざ笑うようなさげすみの目で見られたことを忘れられない。

でも、そういう先生に反発して、名講義をしている若い先生もいるから
反面教師という役割もありそう。

日本を代表するといわれる巨大な2つの旧帝国大学の卒業生で
現在先生をしている若い研究者が、それぞれ自分の習った先生を
批評しているのを聞いたことがあります。

大阪大学では、生物工学を領域とする学科が工学部と基礎工学部にある。
しかし、その内容あるいは研究教育の方向がかなり違う。基礎工学部の方は、
情報科学と生物学の結びつきを重視して、脳の働きというのが一つの中心テーマ
で生物工学を推進している。
それに対して工学部の方は前身は醸造学あるいは発酵工学であって、生物を
利用した工学から分子生物学に発展しているという伝統がある。
受験生の説明会で、ある高校生がこの区別を聞いてくれたので
答える方も大変嬉しかったようである。
生物工学という学問でも、二つあるいはもっとたくさんの方向がある
ということが、高校生に受験案内だけで理解しろといっても無理な話である。
この経験で、高校生には大学でどういうやり方で勉強をしたらいいかわからない
ということも認識した。大学紛争の時は学生にいじめられたので腹立ち紛れに、
大学は目的社会で、目的を理解して入ってこいと言ったとしても、実際には
小中教育で大事に保育されてきた子供が、本当に目覚めて大人へ変わっていく
その中間過程を大学は担わざるを得ないということを認識する必要がある
こともしみじみ感じた。

学生が、その過程の中で自己形成を果たして人格を作りあげていくという
ことが大事で、それを助けることが、SPSというものなのだろうと思う。
人格を作り上げていくことを助ける何か機構も必要であるし、また構成員
全員がサービスをする心構えも必要であるということを、高校生との接触
から感じた。
(大阪大学長 金森順次郎 学士院賞受賞)

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石鳥谷に南部杜氏の資料館があります。
この中に岩手出身の阪大の発酵工学の研究者の
資料が展示されています。

日本は明治になって急速に社会システムも変え、同時にそれぞれの学問も
技術も全部並行輸入して西欧化を果たしたわけであるが、すべてを知識として
学んだが、その知識が作られるまでの苦心は理解していなかったという文化的
特徴が残っているかもしれない。

福沢諭吉の教育論集(岩波文庫)に、次のような趣旨の文章がある。
日本の知識人は自分たちが非常に苦労をして発見し導き出したもの
ではないので、自然科学の法則の本当の意義を理解していない。
日本の儒学の教育を受けた人たちは、妖怪とか迷信については割に
合理的な態度をとっていて、そういうことについて淡泊な態度であったが、
一方、自然科学に対しても何か漠然とした感じしか持っていない。
(つまり体験していないから)

この福沢諭吉の指摘は今でも当てはまるのではないかという気がする。
すなわち、日本社会の人たちは、日常生活で科学技術の成果をふんだんに
利用していて、自分もまた科学技術に関係した仕事に携わっている場合が
非常に多いが、それはそれとして、何か科学技術というものについて
漠然とした感じしかもっていないのではないか。
本当の意味で人間社会の知的資産であるという認識が足りないのではないか、
あるいは別の言葉で言えば、学問に対する認識が足りないのではないか
と危惧する。

ここでオウムの問題にふれると、このような社会環境で育った学生が大学に
来て、たとえば3分間息を止めていたら死んでしまうと習っていても、
30分水の中にいるという話を一方で当たり前のように感じてしまう。
医学は医学として学ぶが、それを人間が自然と格闘した上につくりあげた
学問だということではなしに漠然と受けとめていて、それとまた別の
こととして30分水の中にいるとか、空中に舞い上がるとかを考える
のではないか。

この解決のためには、学生の学問に対する認識を深めることが大切である。
一番大切なことは、何が本物で、何がにせものかを見分ける見識を身に
つけさせることではないか。真贋を見極める見識を身につけさせることを
大学教育の第一の意義とすべきではないかと考える。
(大阪大学長 金森順次郎 学士院賞受賞)

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オウムについて現在もなお総括する研究や報告がされている。
インターネット(ネットワークニュース)で一時、
オウムの賛否の議論が続いていたが、
憶測だけの不毛の議論に幻滅を抱いたのが、
私のインターネット不信のはじまりであった。

インターネットで知識や情報を得るメリットは体験して
いるが。

昭和44年ごろの大学紛争のとき、副委員長だった私は前後200回
近い会合を通じ色々な問題を勉強した。

第1に問題になったのは、当時学生はストライキをして大学封鎖をした。
一体何の権利があってそういうことをするのか。

結論からいえば、大学は目的社会、ドイツ語でいえばゲゼルシャフト。
ところが学生も社会一般も共同体つまりゲマインシャフトという感覚で
大学をとらえていたのではないか。

そのときの総長は、学生も大学の構成員だと発言されたが、我々は
大学は目的社会であるので構成員ということだけでは何も意味して
いない。いろいろな制度あるいは契約を結んで初めてそれぞれの地位が
定まるものであると考えた。

学生はストライキ権を自然権、すなわち基本的人権のように天然自然に
与えられた権利のように主張しているが、それはあくまで制度で始めて
保障される社会権であると認識しなければならない。

とすればストライキは一定の要件を満たした上で認められるもので、
無秩序な封鎖やストライキは全く正当化できないものである。

そのような秩序あるストライキができない学生は大学から出ていって
もらわなければならないと法学部の先生に教えられながら勉強した
ものだった。
(大阪大学長 金森順次郎 学士院賞受賞)

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ゲゼルシャフ
ゲマインシャフト
ドイツ語では端的に表現できるが、英語ではなかなか表現は難しい。
Gemeinschaft   mutual participation, partnership
Gesellschaft   society, association

ゲマインシャフトはあの元宰相の好きな言葉「運命共同体」
を連想する。

日本の場合、組織としては会社にしても(大学にしても)
どうしても無機質、機械的なゲゼルシャフトは存在しにくい、
心情的なゲマインシャフト的存在になってしまうのではないか

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今度は保健管理センターのカウンセラーの先生の話です。

 今の学生は友人関係が非常にとりにくくなってきている。
つまり、軽い対人恐怖症の人が非常にふえてきたという印象である。
たとえば友だちとどう付き合ったらいいかわからない、

一応友だちといえるものはいるのだが、本音でもうひとつ話ができない。
本当のところどう思われているのかわからない。
暗いと思われているのではないか、暗いと思われたくないとか、
そういった学生が非常にふえてきている。

他者からの評価、特に否定的な評価に対してひどく過敏さを持っているようだ。
同時に、明るいとか楽しいといったイメージに対して非常に脅迫的な志向がある。

学生同士で真面目に本音でぶつかるということを避けている。
本音でぶつかるということは、葛藤にぶつかることである。
それを本能的に避けているようだ。他人を傷つけたくない、同時に自分も
傷つきたくない。だから群れてはいるが、非常に浅いつきあいになっていると思われる。
自分も傷つきたくないから、相手も傷つけたくない。
心理的空間的距離をとることは、現代の若者の生きる知恵。
それもいいではないかと思う。

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日本の教育は明治以来、きっちり、しっかりという躾をやってきた。
何でもきちんとしあげることを好ましいとする性格、つまり脅迫的性格が
社会的に望ましいとして、学校教育も家庭教育もこれを強化する方向で
やってきた。

しかし、これほど情報化社会が進展し、生活の幅が広がってくると、
完全にやろうとすると疲れ果てるしかない。
その結果、もうひとつの自己を守る生き方として、何もしないという
選択をする一群を生み出しているようにも思われる。

ある優秀な女子学生が疲れはててうつ状態になった。そうなったら
時間をかけて疲れがとれるのを待つしかないのだが、その女子学生は
漫画も読んだことがない、週刊誌も美容院に行ったときだけしか読まない
という人間だった。やがて長いカウンセリングを経て、ついに
ファッション雑誌を買うことに成功した。嬉しそうにその雑誌を大学に
持って行ったところ、それを見た先生から「そんな本を読んでいる暇が
あったら参考書の一冊でも読めばよいのに」と言われたという。
彼女は「ああ、こういう先生たちがうつになる学生をつくるんだ」と思ったという。

対人関係に慣れていない学生が増えたが、これは都会で
小学4年生あたりから高校3年生までの対人関係をつくるのに大切な時期に
受験勉強に励まねばならず、対人関係の訓練をするのが不足で
大学生になってしまうから対人関係が苦手という学生が多いのであろう。

あとは世界の情勢が変わって、青年期が長期化してきたということがあろう。
以前は25歳くらいで大人になると考えられていたが、今は早くて30歳、
遅い人は40歳くらいで大人になると言われている。
だから、今の大学生はまだまだ大人になる中間にいると考えたほうがいい。

今は世の中の仕組みも変わって、勉強することもふえたし、
医師の国家試験にしても病院での訓練期間も長くなったし
人生の価値観も多様になってきた。
真面目に考える者ほど悩む。ゲーテの時ですら、そう言われた。
ゲーテや宮沢賢治はそのはしりであったが、現代はそういう学生が増えてきたのは
ある意味では社会の進歩かもしれない。
大学生は発展途上にある存在なのだろう。

大学に来てから何をすべきか考えてよいのだ。
大学は目的を探すところ、それでいいと思う。

学生よりも教官の方にあまりきちんとしすぎる教官が多い。
また、逆にルーズすぎると思われる教官もいる。どちらも問題だ。

学生の対応よりも、教官の教育者としての教育が必要ではないか。
大学の先生も、小中高の先生のように、教育法とか発達心理学とか
教授法の教育を受けるべきではないか。

現代の学生は昔の学生にくらぺて精神的な発達が全然違うので、
学生への対応もそれに対応できるような教官の教育をすることが大切であろう。

学校教育法には、大学は専門の学芸を教授するだけではなく、知的、道徳的
及び応用的能力を展開させることを目的とする、と書いてある。
しかし、大学の教官は、専門的知識だけ教授すれば事足りると誤解してきた。

大学には教育研究以外に、学生に対するサービスとしての仕事があることを
もっとはっきりさせるべきである。これは、ボトムアップではなく、
執行部が責任をもっとトップダウンで行うべきである。


いままでの大学の先生は、昇格の際には研究重視で、いくら熱心に教育して
学生を育てても、それを評価されることが少なかったから
教育に熱心でないのはしかたがないだろう。
だが、これからは大学も学生をお客様と考えて、ふさわしいサービスをするのは
義務であろう。当然、研究とならんで教育も業績評価の対象となる。
大学執行部も頭を切り換えないといけない。

学生相談の三つの要点
・学生が果たして自分に対して心を開いてくれるかどうか。
 学生と話しができることがまず第一。そのためには常に
 若者の心を見つめる努力をすべきである。
・学生の悩みの核心をつかむということ。主訴のなかには、見せかけの
 主訴と真の主訴がある。最初、学生が相談するのは、見せかけの主訴で、
 その陰に本当の主訴がある場合がある。見せかけの主訴と真の主訴を見分ける
 には、集団の中での学生の行動をよく観察することである。
・どこでどうつないでいくか。(コーディネイターの役割)
 神経症的な兆候が現れた場合、どこでどうつないでいくか、どこでリファー
 するか。