菌類研究の最近の話題と分類学の基礎教育
2.菌類研究最近の話題
i.菌類生態学最近の話題
基礎研究
菌類生態学は地下の生態学と極論する人がい
るほど、真菌類は地下生態系で重要な役割を担
っていると考えられてきました。ところが、い
ざ真菌の地下部での動態調査の研究手法となる
と、四半世紀前までは旧態依然とした研究がほ
とんどでした。微小菌類では古くから用いられ
てきた検出法で、地下に生息する真菌をやみく
もに釣りあげたり、大形菌類では地上に発生す
る子実体の発生状況から、地下に増殖している
きのこの生活本体である菌糸体(コロニー)の
大きさや分布を想像たくましく論じてきました。
このため、マツタケなど限られた真菌を除くと、
子実体の発生状況のみから地下の栄養菌糸の動
態を推察したり、細菌などと一括しで分解者と
単純に位置づけ、炭素や窒素等の循環量の収支
計算に基づき、生態系における真菌の役割を推
察してきました。
生物相互作用に関する研究の重要性が叫ばれ、
菌類生態学でも、個々の真菌の調査から、菌類
群集の構成菌間や菌類群集と他の生物群集との
相互作用を解析しようとする試みが増えてきま
した。このような研究では、菌糸や菌根の識別
の可否が研究を進めるための鍵となります。免
疫学や分子生物学分野の研究技術の進歩によっ
て、例えば、DNA分析や蛍光抗体法*を用い、
地下の目的とする真菌の菌体を特異的に識別し
て(写真4)、子実体と地下の菌糸体との関係を
正確に確認することが可能となりつつありま
す。また、菌根の外部形態を詳細に類別化する
ことによって、菌根だけの観察から菌根菌の菌
種とホスト(宿主)の同定が可能となりつつあ
ります(写真5)。さらに、真菌を特徴づける物
質であるエルゴステロール(真菌のもつステロ
ールの一種)やキチンの定量に基づく菌体量の
推定など、生化学分野の実験技術の生態学への
応用も盛んに試されています。一方、釣菌法に
ついても、生きた実生を用いて菌根菌の釣菌を
試みるなど、旧来の方法にも様々な工夫が加え
られています。
*紫外線を当てると特定の種であれば蛍光を発する反応を
するように、菌糸を予め処理し、これを蛍光顕微鏡で
観察する方法
遺伝子資源に対する興味や森林保護への関心
の高まりもあり、熱帯林の樹冠部やマングロー
ブ林などで動・植物相の調査が盛んに行われる
ようになってきました。これにつれて、菌類生
態学の調査対象域も、地下や林地内の地上部付
近にとどまらず、樹冠部や水中(海水・淡水)
など地球上のあらゆる場所へと拡大されつつあ
ります。
さらに、生態系に提乱を与え(写真6)、その
反応から潜在的な菌類生態菌群の動態と生態系
における役割を推察したり、俺乱そのものの自
然誌を調査する試みもなされています。
このように菌類生態学分野では、近代的手法
を加えて、様々な角度から真菌の生き様を総合
的に捉えるための試みが始まっており、地球生
態系のより正確な把握が期待されます。
応用研究
現在は、共生という言葉が人間生活に関わる
あらゆる分野で使用されるようになり、まさに
共生という言葉と共生する時代となっています。
共生現象の応用例としては、菌根菌を利用した
森林や草地の育成が有名です。アジアの熱帯林
の再生やユーカリ類の植林にも、この菌根菌の
人為的接種が試され一定の成果をあげつつあり
ます。エンドファイト(生きた植物の体内に共
生的、または害を与えずに生活している菌類)
の感染率を制御することによって、ホストの環
境(病害虫、病害菌、乾燥等)ストレス耐性を
増強する試みも進められています。人為的に感
染させたエンドファイトによる牧草・芝草の害
虫防除については実用試験も行われています。
また、古来、経験的に用いられてきた手法の科
学的な背景を解明する研究も行われてきました。
例えば、リンゴ腐らん病治療のための土巻き処
理は、菌寄生菌のトリコデルマ菌による病害菌
の駆除と推察されています。これは、病害菌の
生態的防除の一例と言えるでしょう。今後、生
物相互作用の制御を用いた応用研究がますます
発展すると予想されます。
(千葉大学教育学部 鈴木 彰)
(国立科学博物館ニュース 第375号 2000.6.20)
つづき