菌類研究の最近の話題と分類学の基礎教育

1.はじめに:菌類とは

キノコ・カビ・コウボは菌類と呼ばれます。 別名真菌類とも呼ばれます。かつては、菌類は 植物の仲間と考えられていましたが、今日では 植物でも動物でもない別の生物として扱われる ようになりました。有用な菌類や有害な菌類は 私たちの暮らしに関わりが深く、研究も盛んで すが、菌類の分類や生態の研究は立ち遅れてい ます。菌類分類学の立ち遅れと、基礎的で菌類 全体を詳しく解説する内容の分類学の講義・実 習がわが国では大学などで開講されていないこ とを考慮して、国立科学博物館では14年前から 基礎的でかつ詳しい菌類分類学の公開講座を企 画してきました。この特集では、菌類の分類・ 生態・有用有害菌類などの最近の話題を紹介す るとともに、当館で開催された菌類分類学の公 開講座を紹介します。 菌類は、従来は卵菌門、サカゲツボカビ門、 ツボカビ門(以上は主に水中に棲み、生殖細胞 が鞭毛をもつので、鞭毛菌類と総称されました)、 ケカビなどの接合菌門、冬虫夏草のような子嚢 菌門、マツタケ、シイタケのような担子菌門、 および有性生殖法が不明、あるいはもっていな い不完全菌類の7群に分類されてきました。日 本産の菌類は現在約17,000種が報告されていま すが、研究が遅れており、いずれは3万種に達 すると推定されています。

キノコ

キノコといえばすぐにマツタケ、シイタケな どが浮かびます。どれもおいしいキノコです。 変わったキノコとして虫の体から発生する冬虫 夏草があります。これらのキノコの一部を顕微 鏡で観察すると、菌糸が縦横にはしり、粒状の ものがたくさん見えます。中には、こんぼう状 の細胞の頭に胞子をつけているのが見つかるか もしれません。このこんぼう状の細胞を担子器 といい、これを作るマツタケ、シイタケは担子 菌のキノコです。一方、袋状の細胞の中に胞子 を作るキノコがあります。この袋を子嚢といい、 冬虫夏草は子嚢菌のキノコです。担子器も子嚢 も有性生殖によって生じる細胞です。実は、キ ノコはカビの“花”に相当する部分なのです。

カビ

私達は、カビという言葉からすぐにパンやも ちに生えるカビを連想します。核物のサビ病は カビが原因です。カビには悪者という響きがあ ります。しかし、抗生物質のペニシリンはアオ カビから作られ、味噌やしょうゆを作るために コウジカビは不可欠です。植物遺体は、主に力 ビの働きで分解され、肥沃な土壌に変わってい きます。むしろよいカビのほうが多いのです。 カビの生活史を調べると、アオカビやコウジカ ビは子嚢菌のカビ、サビ病菌は担子菌のカビで あることがわかります。どちらにも属さないカ ビもいます。有性生殖によって接合胞子を作る ケカビ類は接合菌といっています。有性生殖の 知られていないカビもたくさんいます。

コウボ

お酒やパンは、糖をアルコールに変えるコウ ボの働きを利用しています。 コウボの細胞はほ ぼ丸く、成長するとその一部がこぶのようにふ くらみはじめます。これが子供のコウボで、親 と同じ大きさになると独立します。このように して親も子供も、その子供も次々と子供のコウ ボを作って増えます。コウボの生活史を調べる と、子嚢菌のコウボと担子菌のコウボ、そして 有性生殖の不明なコウボがいます。お酒やパン を作る時に使うコウボは、子嚢菌のコウボです。

菌類の特徴

菌類は、植物と違って葉緑体を持たないため、 光合成はできず、体外に消化酵素を出して周囲 の有機物を分解し、吸収しやすい物質に変えて から体内に取り込みます。また、動物と違って 移動できないため、無数の胞子を作り、胞子は 遠くへ運ばれやすくなっています。吸収による 栄養の取り方と胞子による繁殖の仕方は、菌類 の大きな特徴です。

菌類世界の見直し

最近の分子系統学的研究は、はなばなしい成 果をもたらしました。子嚢菌、担子菌、接合菌 は間違いなく今まで通りに菌類であることが確 認されました。また、鞭毛を形成するツボカビ 類も従来通りに菌類であることがわかりました。 ところが、ツボカビ類と同様に鞭毛を形成する サカゲツボカビ類とミズカビ類(卵菌類)は、 菌類でなく褐藻に近い仲間であることがわかり ました。たしかにツボカビ類と違い、褐藻と同 質の鞭毛を持っています。また、粘菌類の中の 網状性粘菌(ラビリンチュラ類)も褐藻に近い 仲間であることがわかりました。植物の病気を おこす内部寄生性粘菌(ネコブカビ類)と土壌 中でアメーバ生活をする細胞性粘菌や真性粘菌 (変形菌)は原生動物に近いと考えられてきまし たが、分子系統解析では近縁な生物グループが まだ見つかっていません。このように、従来の 菌類は、分子系統学の研究によって本来の菌類 とそうでないグループにはっきりと分かれまし た。前者を菌類または真菌類と呼ぶ場合、後者 のサカゲツボカビ類、ミズカビ類、粘菌類は、 偽菌類と総称されることがあります。 (植物研究部 土居祥兌、萩原博光) (国立科学博物館ニュース 第375号 2000.6.20)

つづき