基礎ドイツ語

ドイツ留学前に数年間、この三修社の雑誌を購読していました。
ドイツ語の能力はさっぱり上達しませんでしたが、ドイツ語の文法の
知識はこの雑誌のおかげで高いレベルを知ることができました。

この記事の転載については、出典を明示し原文を変更しないという条件のもとで、三修社から許可を得てあります。

第27巻第1号−第12号(昭和51年5月−昭和52年4月)

Wien の Cafe
        小川一枝

香りはもともと好きであったが,コーヒー自体を決して好きとはいえなかった
わたしが、今では朝の目醒めにコーヒーを欠かせなくなったのは、どうやら
2年半のウィーン滞在のたまもののようである。

ウィーンにいた時、閑な時わたしはよくCafe[カフェー]に出かけた。
日本の友人や家族宛の手紙、ちょっとした覚え書きなど、わたしは大抵、
そこで一杯のMelange[メラーンジュ]を前にして書いたものである。

日本と違って、ウィーンのカフェーは若者たちの溜まり場ではなく、年輩の人や、
年金暮らしの老人たちの憩いの場であった。

ビーダーマイアー風にしつらえたこういう古いカフェーでは、午後のお茶の時間が
近づくと、Ober[オーバー ボーイさんのこと]は俄にてきぱきと立ち働き、
テーブルカバーからパン屑を払い落としてしみの有無を点検し、それを裏返して、
窓際の、街頭に面した席には大抵、reserviert[レゼルヴィーアト 予約席]の
小さな札を置く。

間もなく、ボネットをかぶり、こぎれいなおしゃれをした老婦人たちの
おしゃべり仲間や、常連らしいチェス仲間の老人たちが、そういう席を次々と
占領して、いつの間にか店内は低い談笑でいっぱいになる。仲間のいない老人たちは、
新聞や週刊誌を読むのに余念がない。彼らはこうして何時間でも悠然と、
カフェーに座っている。

若い人の中には、わたしのように書き物や調べ物を持ちこんで、仕事を片づけている
ひとも多く、大抵は一杯のMelange か Braun(ストレートコーヒー)でねばるのである。

大きなカフェーでは、時々、小さな白いヘア飾りと、おそろいの真白な
小さなサロンエプロンをつけた Fraeulein(フロイライン といっても大抵は
年輩の女性である)が、ワゴンにさまざまなケーキをいっぱいのせ、「おひとついかが?」
ときいて回る。

ウィーンではケーキもドイツと違ってフランスのプティフールなみにぐっと小ぶりで
エレガントである。ウィーンのカフェーのご自慢は,こういうケーキ類と,
香りが高く,味も柔らかいMelangeであった。 Melangeとはウイーン風の
ミルクコーヒーで,コーヒーとミルクを一種のミキサーのような器械で攪拌して
ジャーッと勢いよく泡立て,下においたカップに受けたものである。

わたしは柔らかな味のこのMelangeが特に好きで,カフェーに入ればきまって,
"Eine Melange, bitte ! "といったものだった。ウィーンといえば,楽しかった芝居や
オペラとともに,わたしには今でもこのMelangeがとても懐しく、Wiener Melange は,
パリのカフェ・オ・レ(牛乳入りコーヒー)などより,はるかに味も香りも上等な
ものだと思っている。
     (3月号)

             

 

 

ドイツに関するページに戻る