ドイツ留学前に数年間、この三修社の雑誌を購読していました。
ドイツ語の能力はさっぱり上達しませんでしたが、ドイツ語の文法の
知識はこの雑誌のおかげで高いレベルを知ることができました。
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アルコールとドイツ語 関口一郎 アルコールが入ると外国語を流暢に話せる,とよく言われます。 会話にも文法知識は不可欠ですが、同時にそうした知識がうるさい姑(しゅうとめ) のようにもなり、ああしろこうしろと難くせばかりつけ、結局何も話せなくして しまうこともあるようです。 特にドイツ語では冠詞類や形容詞の格変化、動詞の人称変化、定形の位置、 前置詞の格支配等々、小姑のような文法規則が山ほどあり、それらのすべてを 満足させるような文章をドイツ人の前で即座に作りあげるのは容易なことでは ありません。 ところがアルコールが入ると急にふだん言えぬことでも平気で言えるように なるもので,「○○課長?ありゃダメ,無能,最低…」式に,単語を並べただけで けっこう相手に言いたいことを通じさせてしまいます。 「基礎ドイツ語」の懸賞に応募する時には辞書できちんと名詞の性や不規則動詞の 変化を確かめなければいけませんが、実際の会話では性を忘れたらすべて男性名詞に してしまえばこと足ります。 その点で,一杯のビールは,恥を覚悟で形容詞の格変化をすべて-enにしてしまう 勇気を与えてくれると言えましょう。 ところがドイツ語の場合,会話の良薬であるアルコールにも限度が必要なようです。 英仏語には中間音の母音が多く,少々舌が回らなくなった方が正しい発音になる ことがありますが,ドイツ語ではほとんどの母音がaeiouとはっきり発音されます。 子音もまた気音のhを除いて,ほとんどが発音されるため,jetzt [イェッツト]な どという素面(しらふ)でも発音しにくい単語が数多くあります。 僕の体験では、ジョッキでニ杯目ぐらいまでは,我ながらよくしゃべれるものだと 悦に入っていられますが,三杯目以上になると,しだいにWagenがBagenになり、 VaterがHaterといった具合に上の歯と下唇を合わせてする発音がもどかしくなり、 rとl の区別などおかまいなしになってしまいます。 いくら酒の強いドイツ人でも,沢山飲めばやはりロレツが回らなくなり,我々には とても理解できないようなドイツ語をしゃべりますが,ドイツ人同志だと理解しあう のですから不思議です。 もっとも僕等だって酔って,舌がもつれてくると,「今,何時ごろ?」と言うべき ところを「いあ,あんじおお」に近い発音をし,それでもわかるものですから、 これも不思議なことです。 (4月号)