基礎ドイツ語

ドイツ留学前に数年間、この三修社の雑誌を購読していました。
ドイツ語の能力はさっぱり上達しませんでしたが、ドイツ語の文法の
知識はこの雑誌のおかげで高いレベルを知ることができました。

この記事の転載については、出典を明示し原文を変更しないという条件のもとで、三修社から許可を得てあります。

第27巻第1号−第12号(昭和51年5月−昭和52年4月)

最後の種まき
           稲田 拓

よく言われることですが,∃−ロッパでは「契約」の観念がきわめて発達しています。
契約によって自分の権利を守ろうとします。契約していなければ、紛争が起きた
ときにも有利な解決を期しがたいからです。逆にたとえ自分に不利なことでも、
それに合意して契約を結んだ以上は、結果を甘受しなければなりません。だから
契約のときには、双方がきわめて注意深く自分自身の権利を守ろうと努力するのです。

さて,今月はこの「契約」にまつわるドイツの民話をご紹介しようと思います。

壮麗なドームで有名な古き聖なる都ケルンから程遠からぬところに,―つの小さな
お城がありました。それはある騎士のものでした。近くには修道院もあって,
大勢の修道士たちが住んでいました。

さて、ある日のこと修道院長が騎士を訪れて,一通の書類を示しました。
それには騎士の祖父が修道院に100モルゲン(約30町歩)の土地を寄進した
ことが書かれていました。だが騎士は「どうも信じられない話ですねえ。
当然わたし共にもそのような書類が残っているはずでしょう。わたしの父は
わが家の記録や書類は全部わたしに残してくれましたが、その寄進したとかいう
100モルゲンの土地については何も書いてありませんよ」と申しました。

こうして騎士と修道院の間には土地をめぐる争いが起こったのでした。

騎士はなかなか抜け目のない人でした。解決策を思いつくと、修道院を訪れて
「院長様、修道士の皆様をお集めください。今日は全部の方々にお伝えしたいことが
ございます」と言い,全員が集まると「わたしはもうこれ以上争いたくありません。
平和を願っているのです。そこで皆様に100モルゲンの土地を差上げようと
決心しました。ただあそこはとても良い農地なので,最後にもう1回だけ種をまき,
収穫することをお許しください。それが済めば土地をお取りくださって結構です」
と申し出ました。皆は喜んでそれに同意しました。最上のワインで祝杯を挙げ,
騎士に感謝の言葉を捧げました。

秋が来ると,その土地を作男たちが実に念入りに,深々と耕しはじめました。
最後の収穫が立派なものになるようにという配慮です。それから種がまかれ,
冬が来て,春がめぐって来ました。雨が降り,陽が照って,夏になりました。

夏の初めには収穫祈念祭の行列があります。聖旗を先頭に立てて,修道士たちや
農民たちが聖歌を歌いながら,すべての畑や牧場をめぐり歩き,作物の成育や 
収穫に対する神の祝福を祈るのです。

寄進された100モルゲンの土地にさしかかったとき,修道士たちの喜びは
一層大きくなりました。とうとうこの広大な土地も自分たちのものになるのだ
という満足感で,歌声も倍加するほどでした。

突然,修道士たちは沈黙しました。つぶやきが,ざわめきに変わり,それから、
ののしり声になりました。行列は混乱し,「詐欺だ,詐欺だ」という叫びが
上がりました。しかし彼らがどれほど憤激しても,事態は変えようがありません。
騎士は種をまきました。収穫までは土地は騎士のものという約束です。
修道院長と修道士たちは収穫の期日を指定するのを忘れてしまったのです。
彼らは誰一人この作物が収穫されるのを目にすることはないでしょう。

「騎士は策略がうまくいったことを喜びました。でも彼はもちろん,彼の子や孫も,
この作物を収穫することはできませんでした。その土地でうさぎ狩や鹿狩を、
しただけです。騎士がまいたのは「どんぐり」でした。「どんぐり」ががっしりと
枝を張る大木に成長するまでには何百年もかかるのです。
     (1月号)

             

 

 

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