基礎ドイツ語

ドイツ留学前に数年間、この三修社の雑誌を購読していました。
ドイツ語の能力はさっぱり上達しませんでしたが、ドイツ語の文法の
知識はこの雑誌のおかげで高いレベルを知ることができました。

この記事の転載については、出典を明示し原文を変更しないという条件のもとで、三修社から許可を得てあります。

第23巻第1号−第12号(昭和47年5月−昭和48年4月)

外来語あれこれ
              鐵野善資

私は、カナ書きの外来語をつかまえて、自分なりに想像をたくましゅうして、
あれかこれかと考えるのが好きですし、そこからずいぶんといろいろなことを教
えられもしました。私の英語発音の矯正に、カナ書きの外来語が役に立ったこと
もかなりあるように思います。

たとえば、glass の発音では、 g と l の間に母音らしきものが入ってはいけな
いこと、また、子音 gl の発音をする以前に、母音 a の発音準備ができていなけ
ればならないことをさとりました。 1713年の文献に「ガラアス」とあるようです
が、「グラース」と発音するよりは、「ガラアス」に近い感じの発音が原音に近い
のではないでしょうか。これに類するものをあげれば、ポルトガル語の Christao
「キリシタン」、オランダ語の creosoot 「ケレオソート」、フランス語の gramme
あるいはオランダ語の gram「ガラム」など子音が連続している場合の発音要領
を教えてくれるようです。

原語は同じ American であるはずが、「メリケン粉」と「アメリカン・フット
ボール」のように違った音でとらえられているところから、アクセントのない音
節の発音要領を会得した記憶もあります。

こんなことを考えてみますと、耳から入ったと思われる外来語には、案外、そ
の当時の原語の発音をたくまずして示すものが相当数あると思います。目から入
ったと思われる外来語、この場合には「綴り字発音」という表現もできています
が、これらを見ると、文字が読めるようになった結果でしょうか、きわめて日本
語音的なとらえ方をしています。カナ書きに幾種類かあるものを比較すると、そ
の形がいつ頃、外来語として日本語に取り入れられたかがわかる場合が多いもの
です。日本人は、外国語音をうまく聞き取る耳を持っていたように思われるので
すが、目から入る外来語に毒されて、耳が悪くなってしまったのでしょうか。国
名であるРОССЙЯロシヤが江戸時代には、「ヲロシヤ」となっていたようです。
これも語頭のrの音が発音される前の段階までをも文字に表わしていておもしろ
いと思います。私は、少し筋違いかも知れませんが、この表記法から,英語のr
の発音要領にヒントを得たことがあります。

ドイツ語からの外来語は、だいたいが明治以降のもののようで、どちらかとい
えば、目から入った部類に属するのでしょう。しかし、ドイツ語はご承知のとお
り、割にカナ書きが容易ですから、英語などに較べれば、無難なものが多いよう
です。

変母音(ウムラオト)の表記にはいろいろと苦労がなされてきたものですが、
なかでも、Goetheの表記には多くの人が悩まされたようです。楳垣(うめがき)実氏の
「日本外来語の研究」(研究社1963)によれば、神代(こうじろ)種亮氏は、Goetheの
表記法を1872年(明治5*年)の菊池大麓から1928年(昭和3年)の茅野(ちの)簫々
(しょうしょう)まで56年間、延102名の表記について調査し、29種(内6種は森鴎外
**)を報告しています。年代順に並べてあるのを、楳垣氏の上記の書物から再録させてい
ただきます。[*上記の書物では「12」となっていますが、「56年間」が正しければ、1872
年でよく、従って明治5年に改めておきました。**アンダー・ラインで示しておきます。]
                                        
ゴエテ   ギューテ  ギェーテ  ギョート  ギョーツ
ゲーテ   ギュエテ  ゲォエテ  ゴアタ   グウィーテ
ゲエテー  ゲーテー  ゲェテー  ギョウテ  ギヨーテ
ギョーテ  ギョーテー ギヨテー  ゴエテ   ギヨテ
ギヨヲテ  ギヨオテ  ゲョーテ  ゲヨーテ  ゴエテー
ゲエテ   ギヨエテ  ゲイテ   ギョエテ

「ギョーテとは俺のことかとゲーテ言い」という川柳があるのももっともだと思
われます。太字で示しておきましたが、現在ふつうに用いられている「ゲーテ」
が森鴎外の以前に出ているのもおもしろいと思います。

日本語のなかで用いられる外来語の発音としては、「ゲーテ」でよいとしても、
ドイツ語の発音を教える時にはもうひとつ工夫が欲しいと思って、わたしはこれ
を[(ゲー)テ]と表記することにしています。( )は唇を丸めておくことを意味
しています。これは、子音の発音以前に母音の発音準備をすることにもなってい
ると思うのですが、いかがでしょうか。

いくつかの例をお目にかけますので、ウムラオトの復習をしてみてください。
  koennen 一一一 kennen         Hoelle 一一一 Helle
()ンネン  ンネン          ()レ         レ
  Kuessen 一一一 Kissen        muessen 一一一 missen
()ッセン  ッセン          ()ッセン      ッセン
    (3月号)   

鐵野先生から直接電話をいただきました。転載を許可してくださいました。
私が何カ所か入力間違いをしていました。それは直しました。
鐵野先生から注文がありましたが、やはり特殊文字の〜みたいな記号つき文字
がほしいのですが、JIS第2水準では無理なようです。
Christao のa には上に〜がつくのでした。

      

基本条約
              下山峰子

昨年11月19日の西独総選挙で、SPD/FDP 連立与党が大勝し、ブラント政権の「東方政策」
 [オスト・ポリティーク] Ostpolitik f が、有権者の多くから支持されたことを示す結果と
なりました。この一連の東方政策を締めくくるものともいうべき 東西両ドイツ関係正常化のため
の「基本条約」が総選挙に先がけて11月8日、仮調印されたのはご存じのとおりです。これにより
先月号でも述べました「一民族二国家」がいよいよ現実に固定された形となりました。
5、6年前、ドイツの友人と語った際に、ドイツ統一はあり得ないだろうという意見を聞き、
大変悲しい気がしたものですが,今では統一への可能性をわずかに残しながら、現に二つの
国家が存在することを認めた この条約は賢明だと思わざるを得ません。

この条約は前文と本文10ヵ条からなり、ほかに追加議定書や「家族再会」
Familienzusammenfuehrung f [ファミーリエン・ツザンメンフュールング] と「旅行制限緩和」
Reiseerleichterungen pl [ライゼ・エアライヒテルンゲン]、国連加盟申請に関する交換書簡、
4ヵ国声明などが付属文書としてつけ加えられています。

   基本条約  der Grundvertrag [グルント・フェアトラーク]

これは正式には der Vertrag ueber die Grundlagen der Beziehungen zwischen der 
Bundesrepublik Deutschland (BRD) und der Deutschen Demokratischen Republik (DDR)
「ドイツ連邦共和国並びにドイツ民主共和国間の関係の基本に関する条約」という長いもの
です。条文の中から少し拾い読みしてみましょう。

Artikel 1  Die BRD und die DDR entwickeln normale gutnachbarliche Beziehungen
           auf der Grundlage der Gleichberechtigung.

 第1条 東西両ドイツは平等の権利に基き、正常な善隣関係を発展させる。

Artikel 3  Entsprechend der Charta der Vereinten Nationen werden die BRD und die DDR
           ihre Streitfragen ausschliesslich mit friedlichen Mitteln loesen und sich
           der Drohung mit Gewalt oder der Anwendung von Gewalt enthalten.

 第3条 国連憲章に従い、東西両ドイツは紛争問題をすべて平和手段で解決し、
     武力による威かくや武力行使を行わない。

         [注] sich4 et2 enthalten: 事2を控える。

Artikel 8  Die BRD und die DDR werden staendige Vertretungen austauschen.

 第8条 東西両ドイツは「常駐代表」を交換する。


Artikel 10  Dieser Vertrag bedarf der Ratifikation und tritt am Tage nach dem
            Austausch entsprechender Noten in Kraft.

 第10条 この条約は批准を要し、該当覚え書き交換後、直ちに発効する。

       [注] et2 beduerfen: 物2を必要とする。 in Kraft treten: 発効する。

    (3月号)   

             

 

 

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