基礎ドイツ語

ドイツ留学前に数年間、この三修社の雑誌を購読していました。
ドイツ語の能力はさっぱり上達しませんでしたが、ドイツ語の文法の
知識はこの雑誌のおかげで高いレベルを知ることができました。

この記事の転載については、出典を明示し原文を変更しないという条件のもとで、三修社から許可を得てあります。

第23巻第1号−第12号(昭和47年5月−昭和48年4月)

Langsam, aber sicher!
                   淵 田 一 雄

トロヤの遺跡発掘で有名な考古学者ハインリヒ・シュリーマンはまた語学
の天才で、若い頃商店の小僧や商社の給仕などをしながら、英語・フランス
語はもちろん、オランダ語・スペイン語・イタリア語・ポルトガル語からロ
シア語・近代ギリシア語・古代ギリシア語・アラビア語などなどを片っぱし
から習得したそうです。そのまたスピードが信じられないほどで、たいてい
の外国語は6週間で流暢に話したり書いたりできたということです。その勉
強のしかたが自伝に書いてありますが、声を出して読むこと、決してホンヤ
クしない、つまりドイツ語に訳さないこと、何か面白い話題を見つけては文
章を書き、先生に見てもらって直し、それを暗誦することだったそうです。

そして使いに出されると,雨降りの時でも必ずノートを持参して文章を暗
記し、先方で待たされている間も一心に読んでいたというのです。

勉強の方法も独特ですが、その努力がたいしたもので、誰にでもできるこ
とではありません。努力できるということも1種の天才ですね。

こうした天才の話を聞くと、われわれ凡人は、たいしたもんだなと感心す
る一方、自分はダメだと萎縮してしまいがちですが、凡人には凡人のペース
があります。牛歩遅々――それでも前進は前進です。

去年5月号以来1年ががりで基礎はだいたいでき上がりました。これから
はそれを活用して行く中級の段階にはいります。あせることはありません。
一歩一歩前進して行ってください。ラングザーム・アーバー・ズィッヒャー
(Langsam,aber sicher! 「ゆっくりと、しかし確実に!」)
    (4月号)   

 

豊かさのゆくえ
           高木 実

この前の戦争が終わったころは、と申しますと読者の皆さんに笑われそうですが、今の時代と
くらべてみますと無い無いづくしの世の中だったといってよいかも知れません。人間が生きて
ゆく上で基本的な衣食住が底をついているわけですから、精神の糧ともいえる書物もほとんど
手に入らないような状態でした。

たまに新刊書が売りだされるということを耳にしますと、発売の何時間も前から行列をつくっ
てやっと一冊手に入れるという始末でした。和辻哲カの「古寺巡礼」をそんな風にして読んだ
記憶があります。

いまは書店の店頭にはいろんな本があふれていて、選択に迷うほどです。ドイツ語の勉強でも
雑誌や参考書を利用できるほか、テレビやラジオの放送もあり、また夏休みなどにドイツへ
出かけて行ってドイツ語を身につけるということもそれほど困難ではなくなってきました。

これは昔とくらべてとてもよいことだと思います。ドイツ語をまるで古代ギリシア語のように
辞書と首っぴきで、ああでもない、こうでもないと判じものを解くように勉強するかわりに、
わたくしたちと同じように現代に生き、悩んだり喜んだりしているドイツ人の実際に使って
いる生きたドイツ語をおぼえてゆけるわけですから。

ただちょっと注意しなければならないのは、ドイツ語の勉強はやりやすくなり,進歩もはやく
なってはきましたが、本当にドイツ語をわからせるには、昔の人たちがやったのと同じように
いいかげんなところで見切りをつけないで、徹底的にやること、本誌の創刊者関口存男先生の
引用されているシラー (Schiller) のことばでいえば「徹するに深く」ということになります。
そのつぎのシラーの「猟(あさ)るに広く」という点ではいまは間口はだいぶ広がっている
かも知れませんが。

情報が洪水のように氾濫しているいまの世の中では、「深く徹する」ということがいちばん
むずかしいのではないだろうかと思います。
    (4月号)   

      

Osten
        野田保之

4月のことをドイツ語で Ostermonat[オースター・モーナト]と申しますように、この月
はキリスト教の行事の上でクリスマスと並んで重要な、Ostern[オースターン]「復活祭」
がめぐって来る月であることはみなさんもよくご存じですね。 ところがこの復活祭が祝
われる日取りはクリスマスのように一定していません。 つまり年によって移動する祭日
なのです。 ドイツの百科辞典を調べてみますと、この日取りについて、次のように規定
されています。

Ostern wird am Sonntag nach dem Vollmond, der auf oder zunaechst nach Frueh‐
lingsanfang(21,3.)faelt,gefeiert.
復活祭は、春分の日(3月21日)が満月だったら、その満月の次の日曜日に、または
春分のすぐあとの満月の次の日曜日に祝われる。
参考までに復活祭の日取りを少し示してみますと次のとおりです。
1973 4月22日   1974 4月14日   1975 3月30日   1976年4月18日
1977 4月10日   1978 3月26日   1979 4月15日   1980年4月6日

これを見てもおわかりのように復活祭の日取りは年によって3月下旬から4月中句まで8
日間のひらきがあるわけです。英語では復活祭を Easter といいますが,この語は Eostre
と呼ばれるチュートン民族の暁の女神(ローマ神話の Auroraにあたる)のための春分の
日に行なわれた祭 eastre という古代英語から出たものだという説もあります。元来は
ユダヤ教の過越の祭がキリスト教時代に新しい内容をえてキリストの死と復活を記念する
祭となったのが復活祭なのですが、のちにキリスト教がゲルマン民族に伝わると、布教の
便宜上、異教の春分の祭と融合して現在の復活祭が成立したと考えられています。したが
って復活祭には春分の祭の異教的習俗がまだたくさん残っています。たとえば彩色したり、
絵をかいた卵が贈物にされ、子供たちが家々をまわって卵をもらい集める Osterei
[オースター・アイ]「復活祭の卵」などもよく知られている習俗の一つですね。
そしてキリストの復活を祝う気持ちと、長い冬が終わり、春の到来を喜ぶお祭りが
ヨーロッパの復活祭なのです
    (4月号)   

             

 

 

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