基礎ドイツ語

ドイツ留学前に数年間、この三修社の雑誌を購読していました。
ドイツ語の能力はさっぱり上達しませんでしたが、ドイツ語の文法の
知識はこの雑誌のおかげで高いレベルを知ることができました。

この記事の転載については、出典を明示し原文を変更しないという条件のもとで、三修社から許可を得てあります。

第23巻第1号−第12号(昭和47年5月−昭和48年4月)

紙一重の差
            信岡資生

A君はB君と同じ下宿に居てC大に通学しています。B君の語学の成績
がいつも自分より良いのでA君は怪訝(けげん)な思いです。というのは、
A君から見ると、B君はA君をはるかにしのぐ実力があるわけではない、ただ
ちょっとだけ発音がうまく、ちょっとだけ辞書のひきかたか早く、ちょっと
だけ多目(おおめ)に単語を覚えていて、ちょっとだけ復習に時間を多くかけて、
ちょっとだけ……といったぐあい。「あいつとの差はちょっとだけなのに」と、
首をかしげてばかりいるA君を尻目に、まもなくB君は外書の専門文献も
楽に読みこなせるまでになってしまいました。

D氏とF氏は今の会社にいっしょに入社したのですが、今度の人事異動で
F氏がひと足先に課長に昇進しました。D氏は大いに不満です。D氏に言わ
せると、F氏の手碗も自分と大差はなく、自分は運が悪くて、たまたま或る
ちょっとした失敗をおかしたのがたたったというわけです。しかしD氏がそ
う思ってやけ酒ばかり飲んでいる限り、D課長の実現はまだ遠いようです。

夢にまで見た横綱はおろか、関取と呼ばれる身分にもなれず幕下止まりに
終わった力士甲が、かつての同僚乙が花形三役力士として活躍しているのを
見てぼやきます。「あいつとは稽古でほとんど五分だったのに。」

100メートル競走でGはHと走っていつも2着。その差は1秒の何分の
1か。MはNと競泳すると「タッチ」の差でどうしても勝てません。

ほんの僅かの差。実力の差というものはたいていこうしたものです。だが、
この僅少の差を埋めたり縮めたり、乗り越えたりするのにどれほど多くの努
力を払わねばならないことでしょうか。しかもちょっとの差だからとたか
をくくって放っておくと、差は開くばかりで、絶対挽回はできません。こう
してみると紙一重の差が、実はたいへん大きな差なのです。怠け者にとって
はほとんど無限の、絶望的な差なのです。

4月から「基礎ドイツ語」を読み始めて8か月。今ならまだお互いの差は
縮め易いといえます。目に見えないほどの小さな差が積もり積もって取り返
しのつかぬ差にならないうちに、励みましょう。
    (12月号)   

      

Schloss と Burg
            福山明治

信州の合宿でドイツ人が松本城の写真を見て、[シュロス] Schloss n と言っているので、
「それは戦闘用だから、[ブルク] Burg f ではないか。」と言ったら、「それは知っている。
しかし Burg はもっと [マスイーフ] massiv「どっしりした」ものだ。これは華奢だから 
Schloss である。それに Burg は [ベルク] Berg m 「山」と同じ語源で、山の上にある
ものだ。」「でも北ドイツには山がないから、平地に建ててまわりに [グラーベン] Graben m 
「堀」をめぐらしたり、湖の中に [ヴァッサー・ブルク] Wasserburg「水城」を
作ったりしているではないか。この城もまわりに堀がある。」というような問答の末、 Das 
ist etwas zwischen Schloss und Burg. 「これは Schloss と Burg のあいのこである。」
ということになりました。

写真は Koeln の近くの [ブリュール] Bruehl にある Schloss Bruehl で、大統領が
 [エンプファング] Empfang m「レセプション」を催したりするところです。こういうふうに
広壮な庭園のある威風堂々たる建物を Schloss と言います。Schloss は領主の住まいでした
から、その地方の中心をなす建物であったわけで、そういう点は我国の「城」に似ています
が、外観は随分違います。

Burg は、童話のさし絵に出てくるお城で、たいてい山の中にあって断崖絶壁の上に塔をたば
ねてのせたようなものです。大砲ができてからは、もはや安全な住まいではなくなり、
狭くて不便なだけなので棄てられて [ルイーネ] Ruine f 「廃墟」になったり、
[ハイデルベルク] Heidelberg のように住みよいように改装されて、Schloss になったりしました。
ライン河 der Rhein の両側には、こういう Ruine がたくさんあります。

Kafka の小説に「Das Schloss」というのがあって、翻訳では「城」と訳されています。
この小説では das Schloss が権力の象徴として描かれているので、そう訳したのでしょう。
映画化されたのを見ると宮殿風の建物が出て来ますが。
    (12月号)   

      

             

 

 

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