ドイツ語 コーヒー・ブレイク その32
Weine nicht
泣くんじゃない その1
ある春の日に、ストーブのそばを離れてまた散歩に出かけました。
白樺の若芽がふくらんで、暖かい風に揺れていました。
リスの並ぶ並木道を通り、市門のほとりの菩提樹の老木のほうに歩いて
行きますと、うら若いお母さんが小さな男の子の手をひいて散歩道を歩いて
おりました。豊かな金髪が肩まで流れ、ミニスカートの下にスラリと伸びた脚は
細くしなやかで、かもしかのようだと思いました。
前を行く若いお母さんの脚線美に見とれておりますと、何かうれしいことを
思いついたのか、男の子が急にはしゃいで笑いながら歩道から一段低い車道に
飛び出しました。とたんに女子学生のように若い母親はいきなり子どもの
えりくびをつかむと、一気に歩道にひきもどしてくるりと前を向かせたかと
思うと、痛烈な平手うちが一発幼い頬に鳴るではありませんか。桃のような
男の子の肌がみるみる赤く染まります。
Nein, weine nicht !
いけません。泣くんじゃありません。
鋭い声で叱られて男の子はぐっと涙をこらえました。みるみる盛り上がってきた
大粒の涙を目の中に逆戻りさせるかのように。
そしてそのあと、何ごともなかったとでもいうように母親の手にぶらさがって
歩いていってしまいました。いきをつまらせた私は、自分がひっぱたかれた
ような気がして、しばらくその場に立ちつくしておりました。
☆ ☆ ☆
ドイツ人のしつけは厳しい。