ダルムシュタットのマドンナ

ホルバイン筆「ダルムシュタットのマドンナ」
ダルムシュタット宮廷美術館にある。
私も見たはず。そのときは、なぜこの絵が町の宝だかわからなかった。

ホルバインはアウクスブルクに生まれた画家で、父もホルバインという。
彼はスイスのバーゼルでマイヤー市長から依託されて、1526年に
「市長ヤコブ・マイヤーのマドンナ」あるいは「ダルムシュタットのマドンナ」
を描いた。

この絵は、「聖母子と市長マイヤーの家族」とも言われる。中央にキリストを抱くマドンナ
が立っていて、両側に市長の家族がかがんでいる。

この絵のマドンナのモデルはホルバインの愛人と言われる。
この絵の題名は「ライス嬢」で、ホルバインは、古代ギリシアの大画家アペレスの
愛人ライスを念頭においたのだろう。自分もアペレスのようになることを夢見て。

マイヤーの死後、この絵は子孫に相続されたが、やがて売りに出され、
1606年にバーゼルの有力者イーリゼンの手に渡った。
イーリゼンが死亡してから、この絵はオランダの画商ル・ブロンのものとなった。

ル・ブロンは1633年から1638年まで手元に置いて、高く売る策謀を練った。
彼はこの絵に二人の買い手が名乗りを上げたのをみて、宮廷画家に偽作を描かせた。
偽作の方は、フランス国王アンリー4世の未亡人(メディチ家)マリーに売られた。
一方、真筆の方はアムステルダムの書籍商人レエッセルトによって高い値段で買われた。

マリー皇太后に買われた偽作は、回り回って1743年にドレスデンの
宮廷美術館所蔵のものとなった。そしていつのまにか、偽作は真筆となっていた。

一方、真筆の方は1822年にパリの画商ドラオートが所有することがわかった。
ドイツの誇る画家ホルバインの真筆がフランスにあって、ドレスデンの絵が
偽物であるというのは、国辱ものであるということになった。

そういうわけで。時のプロイセン王フリードリッヒ・ヴィルヘルム3世の弟
ラインとヴェストファーレン地方の総督ヴィルヘルム・フォン・プロイセン公爵
が私財で、この聖母像を購入した。その公爵夫人マリアンネはヘッセン・ホンブルク
の王女であり、公爵は夫人のために1822年に買ったシュレジア地方の
フィッシュバッハ城に納めた。

マリアンネ公爵夫人とプロイセン公爵が亡くなってから
ダルムシュタット大公に嫁していた皇女エリザベスが絵を受け継いだ。
そして絵は、フィッシュバッハ城からベルリンの若夫婦の邸宅に移された。

エリザベス大公夫人の死後、その子ヘッセン大公ルートヴィッヒ4世に絵は
引き継がれ、ダルムシュタット城に移されたのである。

その後、ドレスデンの絵とダルムシュタットの絵と、どちらが本物か確認すべきだ
ということになり、ザクセン王とダルムシュタット大公も同意して、2つの絵は
1871年にドレスデンで比較され、評定委員会は、ダルムシュタットの方が
真筆であることを確認した。

第二次大戦のとき、この絵はシュレジアのフィッシュバッハ城に疎開されたが、
東部戦線が不利になり、1945年1月20日シュレジア中心都市ブレスラウ
から、進撃するソ連軍を避けて、グルントマン教授が大変骨を折って
この名画を東西ドイツ国境のホーフまで運び、米軍の攻撃の中
コーブルク城の地下倉庫に保管し、終戦とともにダルムシュタットにもどされたという。
(荒木忠男:フランクフルトのほそ道、サイマル出版会を参考にした)