Ausdruck ―― 表 現 ―― 私たち日本人は、ことばでは言い表わせない心の動きを互いに 察し合うすばらしい特性を持っています。思いやり、察し合う心 の働きは微妙繊細を極めます。 ドイツ人にも感情のこまやかな働きはあり、Nachsicht「思いやり」、 Ruecksicht「顧慮、配慮」という単語があり、よく用いられますが、 日本語での用法とは大分ちがっています。 人の足を踏んづけぬように気を配ること、と申せましょう。 気がついて、よく人のためを思うことを Aufmerksamkeit と申しますが、 それも注意力がよく、目くばりが正しい、という語感です。 ドイツ人は、口ではっきり言い表わし、言語に表現したことを 正面から受けとめます。それだけしか受けとめることのできぬ人 もいます。裏を読む、とか、腹の中を読む、行間を読んで察する ―−、そういうことができる人がたまにはいます。 愛情のこまやかな人、あるいは愛や友情の豊かに溢れている状況だと、 ドイツ人は時には日本人以上にこまやかな配慮に満ちみちます。 しかしそれは例外的状況と言ってよく、普通の旅行者が触れる範囲での ドイツ人は、上記のように、表現されたことだけを理解し、 受けとめると言っていいでしょう。言わなかったけど、わかって くれたろう、などと期待したらたいへんです。こちらが言ったこと しか、向こうはわかってくれないのです。 「黙っているのはバカだからだ」、Stumm ist dumm. と受けとられてしまいます。 Jeder Mensch muβ sich ausdruecken koennen. 「人間は誰でも自己を表現できなくてはいけない」 のであり、かつまた、 Nur was man ausdrueckt, wird verstanden. 「表現されたことだけが、理解される」 のであります。 それでは、さて、どうやって自己表現を訓練したらいいか。 これはむしろ国語・日本語教育の根本に連なる問題ですが、 ドイツ語学習の上では、短いセンテンスを正確に言えるように、 そしてその数を増やしていくようにするのが上達の道と言えるでしょう。 本書に「表現のコーナー」を設けているゆえんであります! Die Japaner sind daran gewoehnt, etwas Unausgesprochenes zu verstehen. 「日本人は口に出して言わないことを理解するのに慣れています」。 Und sie erwarten dasselbe von den anderen, indem sie schweigen. 「そして彼らは、自分は黙っていながら、他人が同じようにして (わかって)くれることを期待しています」。 ☆ ☆ ☆ 口に出して言わなくてもわかりあえるのは、 国際社会の中では、日本人の例外的特性。