Wein ―― ブドウ酒 ―― わが家の台所に特上のぶどう酒のビンが、今、3本あります。 1本はもう空だが捨てるにしのびなくてもう2本と並べてとって あるのです。友人がこのモーゼルワインを土産にくれました。重 たいものをくれたなとばかり考えて、ドイツの友人にろくな礼も 言わないでもらってしまったのですが、ラベルをよく見ると1967 年のアウス・レーゼと1976年、世紀の当り年のシュペーテ・レーゼ 2本です。 霜がおりたらいっぺんでやられてしまう。初霜の降る直前まで がまんして木の上で熟させ、間一髪のところでとりいれた、 詩人リルケのいう「最後の廿みを芳醇なワインに」しこんだものを、 シュペート・レーゼという。高価なもので日本で買えば1本3万円 はしましょう。 お正月に1本あけました。軽やかな甘みがあって、実にうまく、 あっという間にあけてしまった。ウィスキーやブランディのよう にチビチビやるものではないから、しかたがない。 もう2本は、だからあけるにしのびなくて、そっと置いてあるわけです。 ぶどう酒というと、人は皆、フランスの赤ぶどう酒のことを思う ようですが、ポルトガルのロゼもいいし、イタリアでは赤ばかりか、 白ぶどう酒もいい。とくにフィレンツェの白はよい。 ドイツでもラインのァール河流のロゼよし、バーデンの赤もいいが、 まあドイツのラインやモーゼル河流の白ワインは、やはり世界一級 の中に入るでしょう。 どこの国の人も、自分の国の酒がいちばん いいと思いもし、自慢にもするようです。 フランスの赤ぶどう酒は、モーゼルに比べると、ぐっと甘味が 少なくていくらでも飲めます。ボルドーのワインが有名だけれど も、ブルゴーニュ地方の、少し渋いほうが肉料理などにはよくは ないだろうか。もっともこれは,個人的な好みです。 肉料理には赤、魚や烏料理には白、ロゼはどちらにもいいと されるが、あまり通ぶる必要はない。好きなものを飲めばいい。 水で割って飲んでもいい。 甘口をsueβ、辛口をtrockenという。 trocken といえば,ドイツ のもうひとつのワイン産出地方フランケンのワインは渋く辛ロ で玄人むきです。 昔コーブルクで詩篇を訳しながらルターは、生まれてはじめて ここのワインの渋いうまさに思わず量を過ごし、胃をやられて 一週間寝たという話です。 太陽の光のぐあいや、また土壌のせいで、ぶどう酒の昧は同年 の同じ地方でも村ごとに違うから不思議です。 その土地のぶどう酒を、その土地のさかなで飲むのがいちばん よろしい。 日本の酒でも同じこと。 ドイツ特有の料理といえば、野生の鹿や兎の肉や野鳥ですね。 ゲルマン時代以来、これらがほんとうの土地の料理であって、 それ以外のものをレストランで注文して、ドイツ料理はまずい、 などというのは阿呆な話です。 モーゼル河でとれた魚を、モーゼルワインでいただくのも、 まことにいいものです。 ☆ ☆ ☆ その土地の料理とその土地の酒、これは良い組み合わせです。