清水 立 卒業研究

 建築工学 土木工学 建設工学
 について

土木学会誌1月号 

特集T・Uに対する記述を行う前に、編集長岡田憲夫氏のコラムに若干触れようと思
う。

「国土」に対する明確な訳が他国語に存在しないと言うのである。英語のNational 
Landでは「国有地」と言ったあくまで国の所有する土地と言う無機質な意味合いが強
く、Countryの方が割合合致するのだがそれでは「故郷」と言った雰囲気が伴い、我
が国で言う「国土計画」とか言った使い方は難しい。ドイツ語ではLandは日本の県程
度、里(昔の「字」程のものらしい)程度の広がりはGemeinde、国全体だと
Bundeslandとなり連邦を表す語になるそうだ。果たして日本の国土はどれに当たるの
か、と言う議論なのだが筆者はこの時点で国土は日本固有の表現であるとしているの
だが、ではなぜ日本にだけこの様な特殊な言葉が生まれたのだろうか。

ヨーロッパではほぼ例外なく国境線が人為的に定められている。戦争によるものであ
るにしろないにしろ同じ大陸内で各国が領土を分け合っているのだ。私は海外に言っ
たことがないので未経験だが、例えば車で同じ道をまっすぐ同方向に走らせ続けたと
して、一日を待たずに2国を跨いでしまうと言うのは果たして実感し難い。国境が陸
の上に存在する事が実感できないのだ。

日本は特殊な国であると改めて知る。島国と言う性質が何よりも明確な国境を与え、
それが人為的な境界線ではない故に「領土」と言う言葉で表すには何処か違和感が残
る。本来領土とは戦争などで他国から勝ち取った土地にあてる言葉であり(・・・と決
め付けるのは若干不安だが)、実際戦国時代にはこの狭い日本の中で過酷な領土争い
が続き、現在でも戦争によって失った北方四島にのみ「領土」と言う表現が用いられ

る。
要するに小さな島国であるために、日常「国境」と言う境界線を実感する機会が皆無
なのだ。故に図らずも国全体を正に「おらがくに」的な感覚で「国土」などと呼べて
しまう訳だ。そこに「領土」の持つ独占的な意味合いは存在しない。しかしながら、
されど「国土」であり「国土計画」「国土開発」と言う言葉にはそれに伴う困難が呼
び起こす威厳や格式が生まれる。「国」と言う大きな領域を「風土」に近い感覚で
括ってしまう「国土」。こんな言葉、いや感覚はこの国にしかないだろう。

<特集T 新しい千年紀迎えるの際して「みち」>
基本的に「道」とは終点と始点を持つ事が大前提であるはずなのだが、それは飽くま
で道を交通のための道標として考えた場合に限る。都市と都市とを結ぶ道であればそ
の前提がそのまままかり通るのだが、例えば札幌市のような網目状に整備された道路
は、都市計画の一旦として、限りある土地を効率よく区画整備するための境界線とし
ての役割の方が強いように思われる。では本来あるべき大前提がこの様な道には当て
はまらないかと言うとそうでもない。要はその道を通る人間次第で、例えば札幌市内
で札幌駅から中島公園に向かおうとすれば、明らかにそれは始点と終点に他ならず、
只その終点・始点の関係を満たすルートが無数に考えられるような整備がなされてい
るに過ぎない。しかし当然の事ながらそれらのルートは決して最短ルートにはなり得
ない。

出発地と目的地を結ぶ最短のルートは言うまでもなく直線である。ならば全てを直線
で結ぶような道を創れば良いかと言えば勿論そうではない。古代、人々は山をぬい難
所を避ける様に道を創った。目的地と直線で結ぶような道は自然が許さなかった。現
在はといえば、山を削り、峡谷に橋を架ける技術も進歩し、海峡すら克服した。が、
道に与えられた役割はもはや交通・物流だけではなくなっていた。江戸時代に設けら
れた道は現在の国道の基礎となったものが多いそうだ。江戸(東京)を中心に放射的
に発達した街道沿いには其処を通る旅人のための宿場町が出来、要所には物流の拠点
として大都市が発達した。道を中心に人々はその生活の場を広げてきたのだ。
だが、技術の進歩は最短ルートの建設を可能にした。鉄道や高速道路である。同書内
からの引用であるが、古代律令時代の駅路である国分寺を結ぶネットワークが現在の
高速道路のルートと非常に良く合致するのだそうだ。行政の立場から全国を出来るだ
け短い距離で結ぼうとすると、やはりどうしても似たルートになると言う事の証明だ
ろう。札幌の事例についても言える事だが、行政の立場、所謂整備する立場から見た
「道」とそこに実際に生活し道を利用する側にとっての「道」はその意味合いが若干
異なる。

創る側にとって道とは単なる交通路としてだけでなく、軍事的であったり或いは経済
的なものなど様々な要素が絡まりあいそのルートが選定されるのに対し、通る側に
とって道とは飽くまで交通路。何もない平野に札幌駅と中島公園があれば迷わず人は
真っ直ぐ結ぶ。そしてそのルートが繰り返し使用される事で道が出来上がる。それが
本来の道の姿であり、「けものみち」などその最たる物だ。

どちらがより優れた道かと言った安易な二元論に走る気はない。元よりそこに論点は
無い。この特集では「道とは」と言う根本的なところに焦点が置かれている。同書内
で国際日本文化研究センター教授の小松和彦氏は「道はメディアである」と述べてい
る。その上で「その道が何処に向かっているのかが最も大事だ」と述べている。
文化としての道と交通路としての道、どちらも作り出すのは人間だが、その価値を生
み出すのは作り手の意思や思惑とは別の「時間」であると思う。真に必要な道は何千
年であろうが残る。逆に無意味な道は歴史の移り変わりを待たずして土中に消える。
本当に必要な道であるのか否かが重要なのであって、それだけに新たな道を作り出す
のは容易ではない。

<特集U 阪神大震災からの教訓>
本特集では阪神大震災による被害が果たして如何なる要因によって画も甚大なものと
なり得たのか、そしてそこから我々は何を得、また来る21世紀に向け我々は如何なる
技術を教訓として引き継ぐべきなのかと言う事について、3章に渡りその論点を移し
つつ各方面の諸先生方が分析・評価を行っている。ここでは同書において印象的な個
所を挙げ瑣末ながら自分の思う事を記述しようと思う。

阪神大震災発生直後、我々はブラウン管を通して衝撃的な映像を目にした。巨大な橋
脚上に渡る高速道路が無残にもねじれ折れ曲がり、まるでSF映画の如く明確に「破
壊」された姿であった。何が起こったのか俄かには知覚し難い光景。そしてマスコミ
を通し「安全神話の崩壊」なる言葉を頻繁に耳にするようになる。元よりその様な神
話が存在したか否かについては、かのタイタニック号の沈没にも似た技術過信を思い
起こさせる議論ではあるのだが、しかしながら「壊れるはずのない物」が圧倒的な破
壊を受けるのを目の当たりにした現実は、その様な過信と幻想が紙一重であると言う
事実を突きつけるとに十分であった。

なぜここまで激しい破壊を受けたのかと言う事に対しては、多くの技術者や研究者
が様々な分析を行い一定の成果を得ているそうなのだが、それらはこの限られた紙面
では記述し得ぬ膨大な解析であるため詳細については省略させて頂く(何よりそれら
をかみ砕いて記述するには未だ私の知識が不足しているので)。だがここで「安全」
と言うものを測る重要な尺度として、設計時における耐震基準の設定、所謂「どの程
度の衝撃にまで耐え得る様設計するのか」と言う概念について考えてみようと思う。
同書内における亀田弘行教授の記述からの引用だが、我が国の耐震技術の変遷は、

・ 第一世代…静的設計と弾性限照査による「震度法の時代」
・ 第二世代…コンピュータシミュレーション、実験技術の発達により動的設計と弾
塑
     性照査による非弾性設計へと歩を進めた「耐震技術の時代」
の2世代に大分され、震災ではこの第二世代の技術の恩恵を受けた建造物に関して
はある一定の抵抗力を示したと評価出来るのだそうである。
建物を考える場合、果たして全てが全て何が起きてもビクともしない程の強度を期
待すべきなのか、それとも或程度の抵抗力を有すればとりあえず良しとするのか。前
者のように現代技術の粋を極めた強固な建造物を常に想定するとなると、当然ちょっ
とやそっとじゃ破壊されないだろうがコスト・効率と言った点でのデメリットが無視
出来ない。後者だと今回のような「予想不能な大災害」と言った不足の事態に抵抗し
得ない。両極端の例を挙げたが、この基準を何処に設定するのかが問題なのではない
だろうか。少々脆弱でも最低限の強度を保つのが最も効率的ならば、その最低限のラ
インは何処に引くのか。震災後復興された多くの建造物は以前の倍程度の基準強度を
掲げて設計されているらしい。だがこれとて「絶対」ではないのだろう。絶対に壊れ
ないものなど存在しない。だがこう言った葛藤によって生み出される「新たな危機
感」こそが、次の世代に引き継ぐべきものなのではなかろうか。

何もそれは耐震基準に限った話ではなく、震災直後の交通網の混乱、情報ネット
ワークの不備、それに伴う行政対応の遅延、数え上げれば切りが無いほど災害による
被害を拡大した「システムの不備」はかくも衝撃的に露呈された。そして其処から復
興に向けて様々な議論と葛藤が生まれ、それが真の意味で正当な再開発かどうかと言
う答えの見えない挑戦への糧となっているはずである。人間は失敗から学ぶ物の方が
多い。この震災を単なる失敗として糧とするには、その被害・失われた物はあまりに
も大きく取り返しの付かぬものばかりだ。しかしここでもやはり「ただでは起きな
い」と言う人間の本能が必ずや更なる飛躍を生むものと信じて止まないのである。
      2000.8.4工学部 建設環境工学科 20597044 清水立