清水 立 卒業研究

 建築工学 土木工学 建設工学
 について

建築雑誌3月号 アジアの世界遺産を護る

この文章を書くにあたり先ず「世界遺産」と言う物を正しく認識する必要がある。
世界遺産はUNESCO(United Nations Educational Scientific and Cultural Organization)
国際連合教育科学文化機関が定める、人類・地球にとってかけがえのない宝とするに
相応しい世界各地の重要文化財及び自然である(らしい)。世界遺産を通じて異なる
文化への理解を深め、世界中にある遺跡や文化財がうまれた背景や歴史を学び、自然
の素晴らしさから受ける感動を多くの人びとと分かち合うことが出来る、と言う大義
名分を掲げる。

さて、その文化財や自然がよりすぐれた普遍的価値をもつ遺産であるという価値基
準、とあるのだが一体誰が設けた基準で如何にして最終判断を下すのだろうか。自然
遺産に関して言えば、アメリカ合衆国のグランドキャニオンや日本の屋久島など、何
れも人の手の届かぬ貴重な資源として保護・保全するのは当然であるし、また必要で
あるとも思う。むしろ自然遺産に値せぬ自然などないと言っても過言ではないだろ
う。だが文化財となるとその基準はたちまち曖昧になる。エジプトのピラミッドやペ
ルーのマチュピチュ、インドのタージマハールのように技術的価値・歴史的価値・芸
術的価値に優れたものが選定される事自体に異論はないのだが、それに現在の技術に
よる梃入れを行ってまで保護しようと言うのは、一つ間違えれば傲慢ともとられかね
ない行為ではないだろうか。

医学と比較すると分かり易いのだが、医療が人を癒しその命を永らえるのは人の生き
る意志と人を生かす意志がシンクロする故であろう。では文化遺産とされる建造物・
遺産には意志が存在するのだろうか。その答えは言わずもがな、あるとすれば造り手

の意志とそこに生活する人間の意志であろう。
しかしながらこのような「思想」の上での複雑さをある程度クリアにすると、技術者
としてこの分野は大変興味深い物であることが、本特集で筆をとっておられる各先生
方の文面から見て取れる。そこには技術者としての野心、そして何よりその建築物・
芸術に対する愛情が保護・保全に対する唯一の動機である事が暗に語られている。そ
こには地域文化に対する配慮や造り手に対する畏敬の念と言った、この様な作業にお
いて不可欠な要素が、決して軽んじられる事なくその過程に組み込まれており、その
熱意に非常に好感を覚える。

そんな中で、ベトナム・ホイアンの伝統的町並みの保存へ寄与された、昭和女子大学
国際文化研究所教授友田博通氏、文化庁文化財保護部建造物課調査官林良彦氏の両氏
の体験記を紹介しようと思う。

ホイアンには18世紀末からの木造商家約400件あまりの美しい町並みが残されている
のだが、十分な修復体制もなく老朽化が顕著化、喪失の危機に瀕していた。これを受
け1853年ベトナム政府は史跡地区を国の重要文化財に指定、1990年に開催された国際
商業港ホイアン・国際シンポジウムを契機にベトナム政府は日本に遺跡保存協力を要
請したと言う経緯である。つまりこの時点でぜん
日本側の協力の基本的な目的は、ベトナム側が自立して十分な町並みを保存出来る体
制を確立することとし、居住者主体の町並み保存・技術移転を目指し日本側は現地技
術者のサポートの徹するなどの原則を掲げるに至った訳だが、ピラミッドや寺院とは
違いこの場合の保護対象は人々の生活の場そのものであることがポイントと言える。
「町並み保存」と言う目的から、その保護作業があくまでも現地主導の形で行われな
ければならず、過剰支援はかえって文化を破壊する行為になりかねないと言う非常に
デリケートなものであった事がうかがえる。