岩手大学長海妻矩彦先生のお祝いの文章
科学談話会の快挙
・・・創立五十周年を祝う・・・
岩手大学長 海妻矩彦
戦後の混乱がまだ続いていた昭和23年(1948)5月8日に岩手医科大学講堂で
第1回科学談話会が行われたことが記録として残っているが、そのときから数え
て50年以上の年月が流れた。途中、昭和40年代の前半が会の開催が不規則になっ
たりして全体として低調になったようであるが、それ以外の時期は例外なく毎月
1回開催というルールがきちんと守られて今日まで営々と続けられているのは実
に驚きの一語に尽きる。このたびこの会が創立五十周年を記念して冊子を発行す
ることになり、私に一文を寄せるようにとの依頼があった。誠に光栄に存じると
ともに、この快挙に対し心からお祝いを申し上げる。どうか、これからも長く科
学談話会が継続開催され、さらに六十周年、七十局年と後世に引き継がれ益々発
展するよう願うものである。
この科学談話会の月例会で私も一回だけ講師としてお話させて頂いたことがあ
るし(第348回:昭和57年6月)、何回かお話を聞きに行ったこともある。私は今
も年会費だけは払っているが、それだけでその年は終わってしまうことがほとん
どで余り熱心な会員とは言えない。しかし、毎月配られる次回の月例会の講演題
目や講師氏名を拝見しながら今度はどんなお話が聞けるのかを想像したりして楽
しんでいるときが多い。感心することは講演題目として取り上げられるテーマが
実に縦横無尽であることで、どのようにしてテーマと講師が考えられているのだ
ろうかとその舞台裏の方にも非常に興味を覚えるのである。
私の想像であるが、これは戦後の荒廃の中からどのようにして科学を尊ぶ心を
市民に根付かせて市民独自の文化を育てて行ったら良いかという課題を熱心に模
索しておられた科学談話会草創期の世話役の方々の考え方が今もしっかりと受け
継がれているからだと思われてならない。それは、独自の文化は「多様な知のぶ
つかり合い」から生まれるものだという考え方ではなかったかと私には考えられ
る。したがって、講演のテーマにも講師の選択にも意識的にある一定の方向性を
導入せず、むしろそれを否定する中で多様性を求め続け、それを維持することに
談話会の存在意義を置いておられたのではなかっただろうか。
そのことは、この談話会の五十年以上にも及ぶ継続性を保つ上で非常に役立っ
たと言うことは確かであろうが、それは一つの結果であって初めからそれが確信
されていたとは思えない。多様なものの混交の中から真の文化は生まれてくると
いう強い信念のようなものが会を突き動かして来たのであろう。
今後の益々のご発展を心から期待中し上げる次第である。
(平成11年1月27日)
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