森田療法

 

森田療法とは、当時東大の学生だった森田正馬(まさたけ)氏が自己の深刻な

悩みの体験からたどりついた精神療法であり、現代も静かなブームとなっている。

 

ここでは

岩井寛:森田療法 講談社現代新書824

をもとに自分で理解したことを書きます。

 

まず、「おわりに」を読むと、この本のできるいきさつが書かれてある。

 筆者は、一昨年(昭和59年)秋ころから、排尿困難と便秘をしばしば体験するよう

になって、昨年(昭和60年)8月、T医科大学での検査の結果、

腹腔の中に腫瘍のあるのを発見され、自分の寿命が残りわずかであることを覚悟した。

 

勤務する大学病院に行き、担当する患者たちをそれぞれに適した医師に振り分けた。

それから所長をしている精神療法センターの若い医師たちを集め、現在の研究状態

を聞き、今後の方針について語り合った。そして翌日の焼け付くような暑い日に、

モンテッソリー学会の会場へ行き、特別講演をしてから、翌日に入院した。

 

 センターの若い医師をはじめ、モンテッソリー学会の主催者も、筆者の死を前にした

状況を知って、「なぜそんなにまでして我々に気を使ってくれたのか、そんなに無理し

なくてもよかったのに」と語ったという。これに対して、筆者は若い医師や、講演に集

まった聴衆のためにだけそのような行為をしたのではなく、自分自身のためにしたのだ

と書いている。筆者は死を覚悟した瞬間から、死ぬまでの時間を大切に使いたく、その

ために死ぬまでに自分のできることを極力しようとしたのである。

 

 自分の意識が清明である間は、人間としての自由をできる限り遂行しようと考えた筆

者は、自由の遂行の中にこそ人間の尊厳があると信じていた。

筆者は、腫瘍の手術を行った後に、葡萄膜炎になって失明状態になり、

目の見えないなかで、「色と形の深層心理」と「精神療法入門」の2冊の著書に

続いて3冊目の本書をすべて口述筆記によって書いたという。

そして、この本の校正刷りがでる前に、昭和61年(1986年)5月22日の

早朝に亡くなった。末期ガンのため、腫瘍による神経圧迫のため下半身麻痺で、

かつ苦痛を我慢する戦いの中で、しかし人間としての自由を実践したかったのだ。

 

 自分が置かれた事実を認め、どうしようもない不安と、将来に対する危惧を「あるが

まま」にし、その上で、筆者の人間としての責任を果たす行為をとったのである。そし

て、この行為こそが、この本のテーマである、あるがままを実践しえた「手本」

ともいえる行為であった。したがって、この本を読んだ花山勝清氏が感動したものである。

 

 筆者は述べているが、今でこそ意志の強い人間と世間からも思われているかもしれな

いが、幼小児期のころは虚弱でおどおどした人生をおくっていたという。思春期も、精

神的な引っ込み思案の少年であったという。しかし、その後の勉強の結果、人間は誰し

も美しい一面と同時に醜い一面をもち、自信に満ちたところがあると同時に弱点があり、

強さをもつと同時に弱さをもつ存在なのである、ということがわかってきた。そして

人間の醜さや弱さを悪いものと決めつけたり、それを拒否したりしないようになってきた。

 

 人間の弱さの原点を認めたときに、そこに「ゆるし」の思想が生まれる。これは「甘

やかす」ということとは違う。自己確立ができなければ、「ゆるし」の世界観をもつこ

とはできない。行動としては自由になるが、倫理的にはかえって自分の厳しくなり、そ

の一方、他者にはやさしくなるのが「ゆるし」である。

 

 このような「ゆるし」の思想は、「あるがまま」と一脈通ずるものがある。人間の醜

さ、人間の弱点、人間の弱さを「あるがまま」に求めればこそ、もう一方の人間の美し

さ、人間の行動力の重要さ、人間のいざというときの強さを、新に評価することができ

るからである。

 

 たとえば、ある難事業があって、それに対して行動を起こすときに、それに対して自

信がないとか、失敗したらどうしようとか、そんなめんどうくさいことをやらなくても

よいではないかとか、さまざまな逃避に都合のよい考えが浮かんでくる。そのとき、逃

避的な考えを認めた上で、それを「あるがまま」にし、さまざまな葛藤をもったうえで、

とにかく新しい行動に自分を賭けてみようと「目的本位の行動」をとるのである。この

場合、結果はよい目が出るか悪い目が出るかわからない。しかし大切なのは、自分がよ

いと思ったことに自分自身を投げ出し、行動をしてみることなのである。

 

 この筆者の、自分の弱さとだらしなさを認めたうえで、どのように自分を生かしていっ

たらよいかという苦肉の策から生まれた「あるがまま」の体験は、森田療法と本質的に

一致すると思う。この筆者の「あるがまま」の行動観はいつしか習い性となり、二者択

一の行動の前に立たされたときには、たとえ苦痛であっても自分の人間性を大切にする

ような「あるがまま」行動が自然にとれるようになったという。

 

 結果が成功するか失敗するかわからないが、よいと思ったことに挑戦するのは、我々

の場合なら、学会の論文を発表することや、科学研究費の応募をすることが、あてはま

りそうである。

 

 また若い人の愛の告白もそうかもしれない。たいていは男性からの愛の告白を待って

いて、内心早く言ってほしいと待っている女性もいるとか。そういう女性のために一年

に一度は女性から、愛の告白をしても良い日であると、神父さんが作ってくれたのに、

菓子の会社やデパートは悪のりをしているようである。

 

 これから、例によって森田療法のことを書きますが、学問的に正確に勉強したわけで

はないので、断片的かつ独断と偏見の内容です。

実は私は20年ちかく前から、森田正馬と森田療法のことは知っていました。

人一倍悩んで悩み抜いた東大の学生が、自分の地獄の体験をもとに、東洋精神

医学の理論をうち立て、実際に多くの人々を立ち直らせたのです。

 

こういうお医者さんこそ、理想のお医者さんだと思います。

悩みなんか縁のない、いつも輝かしい道を歩いてきたエリート医師は

実は一番患者から離れている(本人のせいでない反面もあるが)。

挫折を繰り返すことも意味のないことではない。

 

数年前にやはりパソコン通信に整理して書き込んだものを、後からFDにコピーして

それを整理しているのだが、ファイル保存(セイブ)のやり方がまずくて一部抜けて

いたりして、これからもなお手直しする必要を感じています。

しかも、買ったばかりのHTML文書編集ソフトを使っているものだから、まだ

このソフトに慣れないため見苦しい画面になりそうで、ここでお詫びを述べておきます。

 

 【森田療法とは何か】

 森田療法とは、森田正馬によって1921年頃から創始されたものと考えられる。

(東大)対(東北大)、(ドイツ・クレペリン学派+東洋思想)VS(アメリカ精神分析)

などと言われる森田・丸井論争は学問的すぎるから省略。東大生のときに自ら心の悩みを

いだいて、あらゆる解決方法をもとめて独学で研究もし、宗教的体験を積んで、うちた

てた森田療法は、本人とその後この療法で救われた患者たちという、目に見える説得力

で現代もなお生きている精神療法の一種である。

 

 西欧の心理療法と森田療法のいちばん大きな違いは何かというと、西欧の心理療法に

おいては、神経症者が何らかの形で心の内に内在させる不安や葛藤を分析して、それを

異物として除去しようとする傾向がある。これに反して、森田療法では、神経質(症)

者の不安・葛藤と、日常人の不安・葛藤が連続であると考えるのである。

 

 したがって、その不安・葛藤をいくら除去しようとしても、異常でないものを除去し

ようとしているのであるから、除去しようとすることそれ自体が矛盾だということになる。

 

西欧の理論では、異常なものは異物であるから除去できる、いや除去すべきものである

ということであろう。

これに対して、東洋思想では、異常なものといっても正常なものと連続していて、まざり

あっていて、本来区別できるものではない。ただ調子が悪くなったとき、

異常なものが目立ってしまって障害がでてくるから、その時の対処方法を考えておけば

よい、ということであろうか。

 

そもそも、人間だって悪人の中に正義の心もあるし、偉い品行方正の人でも内心よからぬ

こちを考えているかもしれない。ただ教養とかモラル観がしっかりしているから、

直接行動に結びつかないのかもしれない。

(私はいつも品行方正、正義の味方という人は、こっそり私まで電子メールをください)

 

 神経質(症)者は、理想が高く、完全欲へのとらわれが強いために、常に”かくある

べし”という自分の理想的な姿を設定してしまう。しかし、我々が住む不条理の現実に

は、そのような都合のよい状態はないので、そこで”かくあるべし”という理想志向性

と、”かくある”という現実志向性がもろに衝突してしまう。そのために両者の志向性

が離れれば離れるほど、不安・葛藤が強くなり、神経質(症)者は現実と離反してしま

うのである。そこで、ある者は自己否定的になって、劣等感に陥り、現実の苦悩に耐え

られなくなって逃避的な態度をとるようになるのである。

 

 森田療法の「あるがまま」を例をあげて説明すると次のようになる。たとえば、苦手

な上司と面接をしなければならないときに、会って自分の構想をよりよく披瀝(ひれき)

しようと考える一方で、あの上司は苦手だからなんとかその場を繕って逃げてしまいた

いという考えも浮かぶ。これは両者ともに、その現実と直面している人間の欲望なので

ある。

 

自己実現欲求も逃避欲求も、ともに人間性の一部であるから、

両者が人間の心に存在したとしても、異常であるとはいえない。

つまり、日常のわれわれにもよく見られる現象なのである。

 

しかし、普通の人がいやだなと思うこともありながら毎日暮らしているのに、

人によっては、苦手の上司と会うときはどうしても苦痛が優先し、

万事に逃避的になってしまうことになれば、これは日常生活を歪め、

ひいては自閉的な生活を送り、社会生活から逸脱してしまうことになるから

正常とはいえず、この状態を”神経症”と呼んでいるわけである。

 

【あるがままの本質】

そもそもあるがままというのは、東洋における仏教的理念を包含した言葉である。

 

エジプトやイスラエルやギリシャのように比較的砂漠に近い過酷な自然環境の中で

育まれた人間にとっては、常に自然を人間と対峙(たいじ)する現象として克服

しなければならない運命に迫られていた。

そうした自然現象を根底において発展してきた西欧文明は、常に現象分析的であり、

現象解明的であり、現象闘争的であった。

 

これに対して、東洋の文化、特に日本のようなモンスーン的自然を背景とした文化では、

自然が比較的豊饒で、その自然現象の中に包まれながら、農耕を営みつつ、人間は生きてきた。

 

したがって、そのような自然を背景に形成されてきた諸現象は、人間と敵対関係に

あるのではなく、人々は自然の恩恵を受け、現象をそのままの形で受けとめる

習慣を身につけてきた。

だから、現象と対峙し現象分析的な態度をとるのではなく、現象受容的な心理状態に

おかれるようになったのである。

 

砂漠の中で生まれたユダヤ教やイスラム教と東洋で生まれた仏教の違いを感じてしまう。

 

【神経質(症)のメカニズム】

 森田はその著書において、10の「変質者」の例をあげ、その1つに

「神経質」を入れている。彼のいう神経質とは、普通の人から見て神経質的に

性格が偏っているというくらいの意味である。

 

森田は、日本にはじめて精神医学を樹立するのに大きな力をもっていた呉秀三教授の

東京帝国大学における門下生であり、ドイツのクレペリン学派の精神医学的伝統を

受け継いでいた。

 

この学派は、フロイドが神経症の環境論を標榜したのに対して、

素質論が中心となっていた。したがって神経質素質という生まれつきの素質が

森田によって問われたのであった。

 

まず神経質者の性格の特徴を考えてみると、一言でいってしまえば、

”かくあるべし”という考えが非常に強い性格である。

つまり、一種の教条主義であろう。

 

人間性を無視し、状況を無視して、自分勝手に”かくあるべし”という結果を

求めるならば、現実にはそれが実現し得ないばかりか、かかわりをもつ

他者に困惑を与え、それによって自分も傷ついたり、苦しんだりする

ことになる。

 

このような性格はどうしてできてくるのだろうか。森田のいう「素質」と

ともに、発達過程に問題があるのではないだろうか。

神経質の場合、家族や、他人や、現実状況とのかかわりに重大な問題が

存在すると考えられる。

 

ちなみに、神経質者の家族を調べてみると、従来は、父親が警察官、

学校の先生、国家公務員などが多く、さらに、サラリーマンでも厳格な父親が

多いということがわかった。つまり、家族それ自身がすでになんらかの形で

教条主義的な傾向をもっており、真面目で几帳面で融通がきかないという

ニュアンスが強い。

 

神経質性格は、先天的なものに加えて後天的な要因が非常に大きい。

性格というものは、その人の知・情・意の指向性をいうものである。

神経症が治ることによって、その指向性が変わるのであり、したがって

性格の全部ではないが、ある部分は変わるといえる。

(だから、神経症の治療もされている)

 

神経症者は一般に、両親が非常に厳格であるか、”かくあるべし”という教条主義的

な教育を受けていることが多い。筆者自身も、”嫌疑恐怖”のような強迫観念を

感じたり、赤面や視線にこだわりをもつような対人恐怖的傾向をもつ時期があったが、

これは、母親があまりにも道徳主義的であり、あまりにも厳格であったことと

無関係ではないように思われる。

 

【ヒポコンドリー性基調とは何か】

ヒポコンドリーとはギリシア語で、胸のあたりをさす言葉である。

我々はストレスが続いたり、激しい苦痛に出会ったり、悩みをもったりしたときに、

胸が圧迫されて苦しくなるのを体験するであろう。古代ギリシア人も、ストレスを

受けて胸のあたりに苦痛を感じていたのだろう。

 

「ヒポコンドリー性基調」という言葉を創ったのは森田正馬であるが、彼は

次のように説明している。

「ヒポコンドリーとは、自分の不快気分、病気、死という事に関して、之(これ)を

気にやみ取越苦労する心情であって、之が本(もと)となって、神経質の症状が

起こる。之が無ければ神経質の症状は起こらない。

このヒポコンドリー性は、神経質という先天的精神的傾向のものに、

常に最も著明であって、この素質の者は何らかの些細なる動機からでも、容易に

この心情の捉(とら)われとなるのである。尚このヒポコンドリーは、神経質の

人に限らず、総ての人に程度の差はあれ、結果をよくしようと考えるため、

神経質的症状が起きることがある」

 

森田が述べるように。「ヒポコンドリー性基調」は、「生の欲望」とともに、

神経質(症)を形成するのになくてはならない要因である。

 

人間は生まれながらにして、より健康でありたいし、よりよい人生を過ごしたい

のである。そのため、その反対に、不健康であったり、自分がみじめな状態に

なるのを非常に恐れる。つまり、神経質者は、生まれつきこのような心配が

強い人といえる。

 

しかし、ヒポコンドリー性基調は、ただ単に身体面を指すだけではない。

例えば、縫い針を捨てたときなど、人に刺さったり、自分に刺さったりすることなく

それがきちんと処理できたかどうか、また、手を洗った後に、きれいに落ちているか

どうかが非常に気にかかる。そのような強迫観念に繋がる部分において

人一倍心配が強くなってくる。(こういう傾向のある人が身の回りにいませんか)

 

ヒポコンドリー性基調は、死の恐怖と相まって、生の欲望と対を成すと考えられる。

よりよく生きたいという「生の欲望」が強ければ強いほど、よりよく生きられ

なかったらどうしよう、という反対観念に起因する不安が強くなってくる。

 

日常常識的な人たちにも、神経質者と共通してヒポコンドリー性基調が存在すると

論じたのは森田の卓見であった。誰の心にも存在する心理状態であるからこそ、

それをことさらに取り払おうとしないで、「あるがまま」にしようというのが、

森田療法の方式なのである。ヒポコンドリー性基調は、森田療法において、

神経質者と日常者とを結びつける糸であるといってもよい。

神経質で眠られない人も普通の人も、同じ基質はもっているが、病気になりそう

な人はその程度が強いということでしょう。

 

神経症の発症説

(フロイド説) 病状=感動事実(性欲の)×機会

(森田説)   病状=素質×感動事実(一般の恐怖)×機会

 

森田のいう感動事実とは、たとえば(今年平成10年の夏のように)

この盛岡でも暑くて仕方がないときなど、自分の身体が悪いのではないかと、

思わず心配した私のことかもしれない。家に帰ってテレビで本日は33度あった

と知って、ああ自分の体のせいではない、気温が高かかったからだと思ったので

した。あるいは、自分の乗った飛行機が乱気流にまきこまれて

墜落の恐怖を感じたときも該当するのであろう。

 

この場合の感動事実というのは、よい意味の感動というよりも、ショックを

受けて深く感じさせられたという意味のことであり、学習理論でいえば、

ネガティブな条件づけである。したがって、このような神経症準備状態が

できあがっているところに、また飛行機に乗らなければならない機会があるとか

いう場合には、

再条件づけされ、学習された要因が、当事者の心身をネガティブな傾向に

進めさせることになる。

 

【精神交互作用について】

たとえば、大勢の前で何かしゃべろうとするとき、心臓がドキドキして声が

出なくなるのではないか、あるいは、身体が硬直して震え出すのではないか

などという体験をしたことがあるだろう。これは「予期不安」におびえている

のである。

 

たとえば、話すときに震える傾向のある人が、震えまい震えまいと努力した結果、

かえって震えがひどくなり、会場で立ち往生して会議をやめてしまったとする。

この場合、まだ話す前から、もし自分が震えたらどうしようという「予期不安」に

とらわれていたのである。上手に喋ろうとすればするほど、その「予期不安」は

拡大され、実際に喋る段になると、緊張ばかりして期待と反対の方向にいってしまう

のである。これは、あがるという症状ですね。

 

つまり「精神交互作用」とは、自分にとって不都合な心身の弱点を取り除こうと

努力すればするほど、逆にそこに注意が集中し、結果としては自分に不都合な

症状を引き出してしまうことをいうのである。

 

歌舞伎役者中村勘三郎が舞台の上で足が震えているのを見た演出家の浅利慶太が

それを指摘すると、勘三郎は「初日には足がガタガタに震えます。

これは、芝居に真剣に立ち向かっている、馴れ合いになっていないという証拠なんです。

そのフレッシュな感覚が初日のよさでもあり、震えなくなったら、よい芝居が

できないんじゃないかと思っています」と答えたという。

 

この勘三郎の言葉は、名優にしてはじめて語れる言葉であり、一つの真理である。

 

我々の社会生活には「精神交互作用」のメカニズムが随所に存在しているという

ことである。それを認めた上で、なおかつ自分のもてる、よき内容をビクビク、ハラハラ

しながら、「あるがまま」に表出し、「目的本位」を達成していくのか、それとも逆に

そうした事実を認めようとせず、無駄な努力を重ね、結果としては反対に

逃避してしまうのか、それは各人の人間的な選択にかかっている。

 

【とらわれの心理】

日常的な一般人も、何らかの形で「とらわれ」を持っていることが多い。

ある人はお金を貯めることにとらわれ、またある人は権力を維持するのに

とらわれているかもしれない。人間の欲望はきりがないもので、

さまざまな欲望にとらわれているとも言える。そういうエネルギーが

肯定的に働き、天才や名人が偉大な仕事をなしてきたとも言えよう。

 

では、日常者の「とらわれ」と、神経症者の「とらわれ」とは、どこが違う

のであろうか。

 

それは、日常者の場合は、とらわれながらもなおかつ自由に思考し、行動し、

生活することができることである。つまり、「とらわれ」から脱することができるのである。

これに対して、神経症者の場合には、この「とらわれ」から脱することができなくなって

「とらわれ」の奴隷になってしまうのである。

 

もがけばもがくほど、とらわれた観念が蜘蛛の糸のようにまつわりついてきて、

患者の自由を奪い、拘束してしまう。たとえば、対人恐怖症の1つである、

視線恐怖の患者に、あなたの目つきはどこもおかしくないと説得しても、

それはおかしくないと思う人の目がおかしいのだといって受けつけようと

しない。 これはなった本人でないとわからないだろう。一般人はそうでないから、

理解できないのだ。

 

眉毛の形がおかしいといって両方の眉毛を剃り落とし、女性の眉墨で自分の

思うような形に眉毛を書き直していた大学生。はたから見るとその方が

よほどおかしい。(最近は、アムラーの影響で普通の高校生も眉毛改造する?)

 

手が汚れていると思いこんで、1日中手を洗い続ける患者もその例である。

 

神経質(症)者は、強迫観念をもち続けながらも、自分の観念がどこかおかしい、

あるいは歪んでいる、誤っているということを、知っていることである。

それを知っていながら、その観念を取り去り、離れることができないのである。

 

【はからいの行動】

「はからい」とは、物事を処置することである。つまり、考えたことを、動作、

態度、行動に示すことである。ここで、神経質(症)者についての「はからい」

を考えてみたい。

 

神経質(症)者における「はからい」は、神経質(症)者が自分の強迫観念に

基づいて、物事を勝手に処置することをいう。

 

この「はからい」の心理は、必ずしも神経症に特有なものではなく、我々日常人も

しばしば「はからいの行動」をとる。たとえば、今日はあの会合に

出たくないという考えが根底にあるとき、自分に都合のいい

いろいろな理由をつけて、「本当は会合に出たいのだが、どうも

昨日から風邪のために体調がすぐれず、これを治しておかないと後の仕事に

差し支えるから、会合に出ないで家でおとなしくしていよう」などと自分自身に言い

きかせ、合理化し、”会合に出ない”というはからいの行動をとることがある。

(みんなありそうでしょう。そういう無意識のきりぬけ行動でストレスを

逃がしているかもしれない)

 

今までのところをまとめてみる。

神経症をつくりだす要因について、まず第1に考えられるものは、森田のいう

ヒポコンドリー性基調を内包した素質であり、その上に、人格発達の過程が重ねられ、

神経症発症の素地ができあがる。そこへ誰にでもある精神交互作用のメカニズムが、

神経症者には特に強く働き、”かくあるべし”という理想状態を設定して現実に

そのような状態をつくり出そうと思えば思うほど無理が生じ、気にすまいと思えば

思うほどその点に注意が集中し、ますます苦痛が増強されて、そこに神経質

症状が固着するというのが、一般的な神経症の成立様式である。

 

また、「とらわれ」がひどくなるにつれて、それと反比例して現実で生き生きと

生きるという自由を失いがちになる。その上、自分にとって都合のよい理由を

つくって合理化し、その裏で逃避するという「はからいの行動」をとるようになる。

そして結果としては、現実に背を向け、自分の心身のマイナスな点のみを気づかい、

自分を劣等視し、孤立化し、ときによっては現実の時間を無視して症状のみを

反復して考え込み、同じような確認行動をくり返し、いよいよ現実生活を狭めて

日常的な現実から遠ざかっていこうとするのである。

 

こうして、ますます困ったサイクルに落ち込んでいくのである。

 

【神経質(症)とは何か】

神経質とは、日常者の不安・葛藤と連続であり、正常心理で理解しうるものと

するならば、あえてこれを神経症と考えなくてよいものであろうか。

神経質者も神経症者も実は連続したもので、場合によって日常生活のできないことが

ある。日常者は同じような不安・葛藤をもちながら、過酷な現実生活の軋轢に

耐え、日常生活を前向きに過ごしているのである。これに対して、「神経質」と

いわれる者は、症状があるから思考を前へ進めることができないとか、あるいは、

症状があるから身体のことが不安で日常生活ができないとか、何らかの理由を付して

現実から逃避をしてしまう傾向がある。つまり、「神経質」に悩む人間は、

反社会的ではないが、日常人のようにふるまえない面がある。

 

 神経症<神経質<日常人

 

強迫観念をもとにして、神経質(症)者の理想主義的な人生観が”かくあるべし”

という概念を生み出すのであり、その”かくあるべし”と、現に生活が営まれている

状況、つまり”かくある”の両者が合致しないところが問題となるのである。

”かくあるべし”という理想主義が強ければ強いほど、”かくある”という現実から

浮き上がってしまうことになり、そこに葛藤が大きく広がる。そして、症状を

形成して逃避をするのである。

 

またその際に、物事を決定するに当たって、”すべてか無(オール・オア・ナッシング)”

の態度をとりやすい。これは神経質(症)者が、相反する感情を内在させ、相反する

物事を包含しながら生きているという事実を受け入れるだけの、心の余裕と豊かさを

もちえないがためである。

 

ディジタルの世界に慣れ親しんだコンピュータ人間は、いっそう

オール・オア・ナッシングの考え方からぬけられない傾向がある。

 

したがって、神経質(症)者の治療は、西欧における精神療法とは異なり、症状を

取り除くことではなく、それを人間性の一部、あるいは現象そのものとして受容

できるような人格を、作り上げることをめざすのである。

今風に言えば、悩みと仲良くしながら生活することであろう。

 

【神経質(症)の類型】

(1)強迫観念(強迫神経症)

 a 対人恐怖症

 b 体臭恐怖

 c 不完全恐怖

 d 疾病恐怖

 e 不潔恐怖

 f 雑念恐怖

 g 縁起恐怖

 

対人恐怖症は、他人が怖いのではなく、他人に対して”自分がどのように受けとら

れるか”が怖いのである。

 

雑念恐怖なら、誰でも感じている雑念について、それを取り去ってすっきりしようとする

ところから「とらわれ」に至るのである。たとえばある女子高生は、勉強中に

過去に見た映画のことやボーイフレンドのことが頭にうかび、それが気になって

しかたがない。勉強一筋になろうと思うのだが、努めれば努めるほど雑念が頭を

占めてしまって、いつまでも嫌な考えに振り回されてしまうのだ。

 

この場合も、人間はあることを考えながら、同時に多様な観念が脳裏に浮動して

いるという、人間本来の原則を否定しようとしているがための「とらわれ」で

ある。(人間は同時にいくつかのことを考えるものである。雑念は自然の現象)

 

(2)不安神経症(発作性神経症)

  a 心悸亢進(しんきこうしん)発作

 b 卒倒恐怖

 c 眩暈(めまい)発作

 d 四肢脱力発作

 e 震顫(しんせん)発作

 f 呼吸困難発作

 

不安神経症の場合も、対人恐怖症の場合と同様に、症状の種類はそれぞれ

違うが、その心理的内容はみな同じだといえる。

 

たとえば、ある会社の課長は、自分が不得手とするコンピュータ関係の部署に

配置されたのであるが、いくら勉強しても若い社員の知識に追いつかない。そのうちに

部下に質問されるのが恐ろしくなり、会社に出社するのが苦痛になった。

 

そうしているうちに、ある夏の暑い日の通勤電車にすし詰めにされ、悪い空気を

吸い込んで息苦しくなった。そのまま息が止まって死ぬのではないかという不安に

襲われた。それ以来、電車に乗るのが不安になり、とうとう会社に行けなく

なってしまった。

 

さて数ヶ月の治療を受けてから、彼は過去を振り返ってはなすことができた。

「自分の肺がおかしいと思って、あっちこっちの医者に行ったのですが、結局

どこも何ともないと言われ、医者の診断を疑ったものです。

実際には身体が悪くないのに自分勝手に悪いと決め込んでしまい、電車に

乗れないばかりか、外出さえできなくなってしまったんですね。しかし、

おかしなことに、妻と一緒だとどこへでも散歩ができたんです。

 

考えてみると、あのとき、身体が悪いと考えたのは、会社に行きたくないという

ことの心のいいわけだったようです。私は機会が苦手で、いくら勉強しても

コンピュータに馴染めませんでした。そこで、上司に話して部署を替えて

もらいました。そして、不安をいだきながら思い切ってあるがままにし、

会社に行くようにしました。すると薄皮を剥ぐように不安から解放されて、

今までのように自分なりの仕事ができるようになりました」

 

(3)普通神経質

 これし、いわゆる神経衰弱といわれてきた神経症の一群に属する。しかし、神経衰弱

のようなものより軽いもので、自らが自分にとってマイナスとする心身の状態に

こだわりはするが、その一方で完全欲に従って症状を取り去り、よりよい生き方を

しようと願望する一面をもつ者なのである。

  a 頭重感・頭内もうろう感

 b 常在する頭痛

 c 嘔吐感

 d 身体の動揺感

 e 不眠症

 f 耳鳴

 g 身体の掻痒(そうよう)感

 h 常在する疲労感

 

これらの普通神経質の種類は多種多彩であるが、その多くは自律神経と関係があり、

ふとした生理学的な変化を異常として悩む者が多い。

 

たとえば、頭重感や嘔吐感や身体動揺感について、内科的な臨床検査や神経学的

検査ではまったく異常が出てこないのである。それにもかかわらず、吐き気が

したり、身体が動揺して倒れるのではないかという予期不安のために、遠出を

しなかったりする。これも身体の調子の悪さを口実にした一種の逃避的な心理である。

 

 【入院療法と外来療法】

 入院療法について簡単に概説してみよう。第一期は、一週間日常的な外界と遮断され

た「臥褥(がじょく、静かに寝ていること)療法」が行われる。洗面や排泄など人間に

とって基本的な生活行動を除いて、刺激を与えないようにし、ベッドに横たわるという

方法がとられる。

 

 ここでは当初、それまでに持ち続けてきた不安が強く頭をもたげ、煩悶・葛藤に苦し

むのであるが、2、3日を経て心身が安静の状態になり、一人で無為の環境におかれて

も何も起こらなかったのだということが確認されると、そこで安心が得られ、いくら自

分が孤独な場におかれても、それまでに考えてきたような極限状態には立ち至らないの

だということを体験させられる。

 

 5日目くらいから「臥褥」が終わりに近づいてくると、蓄えられてきたエネルギーと、

開放された不安状態と、抑えられていた生の欲望が一緒になって、なんとか早く起き上

がり日常生活に復したいという心境にさせられる。

 

 入院療法の第二期として作業療法期に入る。これを「軽作業期」、「日常作業期」、

「生活訓練期」の3つの時期に分けて説明する。

 

 まず軽作業期は、臥褥期を通じて盛り上がった「生の欲望」を、そのまま日常生活に

おける作業に移し替えていこうとするもので、エネルギーを全部出し切らずに押さえて、

やや欲求不満の状態にしておくのがこの期の療法の特徴である。したがって、他人との

対話も制限し、庭の木を観察したり、簡単に身体を動かして静かな生活を営むように仕

向ける。

 

 数日にわたるその時期が過ぎて、次の日常作業期になると、台所の仕事、配膳、拭き

掃除、その他日常と変わりのない生活が営まれるようになる。

 

 この時期は一週間以上続き、生の欲望を生かして生活することが習慣づけられると、

知らず知らずのうちに、不安・葛藤が存在しても、それまでとは違った健康な日常生活

を維持していける態度が形成されていくのである。

 

 次の生活訓練期には、前期でできあがった生の欲望を生かしうる態度を、現実社会に

振り向けていかなければならなくなる。具体的には、病院から学校に通うなり、会社に

通うなりするのである。

 

 会社に行く途中、電車の中で息苦しくなり、死の恐怖を感じて途中から家に戻ってき

てしまうというような習慣をもっていた人でも、再度起こるのではないかという予期不

安を抱いたまま、ときには実際に不安発作を引き起こしても、それをそのままに

受けとめて、会社で人並に仕事をしたいという生の欲望を大事にし、会社に行って仕事

をするという態度を維持するように仕向けるのである。

 

 外来療法の場合は、入院療法のような具体的な日常生活上の指導ができないことであ

る。

 そのため筆者は、外来療法においては、森田療法の1つの特有な治療技法である日記

を重視している。

 

 日記については、前述の入院療法においても、軽作業期から1日にあったことを中心

に記載してもらい、それを治療者が読んで意見交換を行い、治療者、被治療者の意思の

疎通をはかるのである。

 

 森田は「嘴啄(さいたく)同時」という難しい言葉を使って、鳥の雛がかえるとき、

卵の内面で成熟が進み、小鳥になって内からつつくのと、親鳥がそれを助けて外からつ

つくのが一緒でなければ卵の殻は割れない、と説明する。まさに精神療法においても同

じで、単なる説得によっては被治療者を変えることはできない。

被治療者自身が自覚して、よくなろうと努力しないといけない。

治療者は、じっとそれを治療をしながら待つのである。

 

 【精神交互作用を打破する】

 この世に生活する限り、不安のない人間はいないし、人と人との出会いの中で、軋轢

(あつれき)のない人間関係は存在しない。また人間は不条理の世界に生きているから、

いくらこうあってほしいと願ってもそうはいかない。

 このようなことを先回りしておもんばかり、不安に作り上げてしまうのが、神経質(症)者である。

 

 それでは、神経質(症)を治すためには何を心がけていったらよいのであろうか。ま

ず第一に大切なことは、自分自身が精神交互作用の矛盾を引き受け、症状にとらわれ、

しかもその症状からはからいによって現実逃避をしようとしている自分の現状を、つぶ

さに認めるべきである。

 

 しかし、真実が見えなくなり、現実から背を向けようとする神経質(症)者には、正

当で客観的な自己判断ができるものではない。症状と自己と現実生活の間における関係

が充分に把握されておらず、自己洞察ができていないからである。

 

 そこでまず神経質(症)を治すために重要なことは、精神交互作用のメカニズムを打

破することである。

 

先にあげた歌舞伎役者中村勘三郎の例のように、初日には舞台で

足がガタガタに震えても、それは芝居に真剣に立ち向かっている証拠であり、

それを気にしないで、よい芝居をしようとだけ思って舞台で一生懸命にふるまっていれば

観客にもアピールできて、それがまた自分の落ち着きも得られることになる。

 

 ものごとには、注意の法則があり、人間が一方に注意を向けるならば、必ず一方の注

意は不鮮明になってくる。心臓に注意が向いているようなときには、精神相互作用に振

り回されて、注意が症状の方向に偏ってしまっている。その逆に、

舞台での演技に注意が向かっていると、精神交互作用のメカニズムが打破され、

本来の欲望を生かす方向へとますます注意が向くのである。

 

 また雑念恐怖などの一般強迫観念症の場合には、気になることから注意をそらそうと

思えば思うほど、反比例して、症状に注意が向かっていってしまうのが常である。この

精神交互作用から脱しようとするならば、その観念を取り去ろうと努力したり、気にな

る物事をくり返して確かめようとせず、もう少し確かめたいという不安・葛藤を残した

まま、現実における日常目的に行為を移していくべきである。ここでも注意を法則が働

き、自分の真の欲望が生かせるような現実目的を果たしていけるならば、そちらにいつ

のまにか注意が移って、日常生活の流れが脅迫観念に中断されることなくスムーズになっ

ていくのである。

 

これはある程度訓練を積めば誰でもできそうである。

たとえば家に鍵をかけてきたかどうか気にしながら、それでも職場で仕事をする ということか。

 

 【とらわれとはからいからの脱却】

 とらわれから脱却して治癒にいたるためには、どのようなことが必要であろうか。ま

ず第一に、他者や治療者の声に深く耳を傾ける必要がある。黒子(ほくろ)があっても

醜くはないといわれたら、自分ではそんなことはないと考えても、一応その言葉を素直

に受けとめておくべきである。

そして他人の言葉を素直に受け入れたなら、たとえその言葉に

疑いをさしはさんでも、自分の判断の方がどこか間違っているに違いないと思い直し、

助言にしたがってみることが必要である。

 

 正しいとされる行動に踏み切っていくときには、初めはたいへん苦しいのだが、日常

生活の目的にそった行動が少しずつ成就されていくときには、それまでにない喜びを感

ずることができるようになる。

 

 たとえば○子さんの場合は、「黒子のことが気になっても、友人と芝居を

観に行けたことが楽しかった」と述べた。こうした、苦しさに抵抗しながらも、とらわ

れた行動に従うことをやめ、徐々に人間らしい生活を再獲得する行動を積み重ねていく

と、次第に日常生活が拡大され、孤立化から解放されて豊かな人間生活が維持できるよ

うになる。

 

 以上のようにとらわれから解放されるためには、他者の言葉を正しく受け入れる努力

が必要である。それと同時に、受け入れたことがらを行動で示すことが必要になる。神

経質(症)は人並以上に観念的な人が多いので、物事を考えつくしてからでないと、行

動に踏み切ろうとしない傾向がある。

 

 石橋を叩いて渡る、という諺があるが、神経質(症)者は石橋を叩きながらそれを渡

ろうとしない人が多いのである。彼らはその橋を本当に確かなものであるかどうかがわ

からないから渡れないという。

 

 しかし、不安を伴わない確実な結論がでることなどは存在しないのである。われわれ

の日常行動の中では、絶えずそれをやってみなければ、Aの目がでるかBの目がでるか

わからないような事態が目の前にたちはだかり、我々は行動を通してそうした事態に賭

けていかなければならないのである。

 

 神経質(症)は、そのような不安で不条理な事態に自分を賭けていくのが恐いので、

そこではからいの行動をとり、症状という自分の都合のよい言い訳をつくって現実から

逃げ出そうとする。

 

 したがって、神経質(症)から解放されるためには、現実社会の不条理を受け入れ、

とらわれに逆らうような方向に向かって行動を進めていかなくてはならない。

 

 【あるがままと目的本位】

 あるがままとは、文字どおり物事をそのままにしておく、ということである。しかも

常にそのままにしておくのではなく、あるままにしておくことである。たとえば、夜道

を一人で歩くときに、恐いなと思う。それは見通しのきかない暗闇で何かが起こり、自

分がどう傷つけられるかわからないから恐いのである。つまりここでは、恐いという気

持ちは、人間にとって根本的な感情としてあるのであって、その感情をなきものにしよ

うと思うのはむしろ不自然である。学校や会社の面接試験などの際に、緊張して息苦し

くなることがあるが、それも精神的ストレスによって自律神経変化が引き起こされるの

であるから、身体のサインが出るのはあたりまえのことである。

 

 あるがままというのは、以上のような人間にとって当然起こり得べき現象を、素直に

そのままに受け止めておこうということである。

 

 神経質(症)者の性格傾向には、物事をかくあるべしというように自分勝手にゆがめ

て、理想的に決めてしまおうとする傾向がある。たとえば、緊張せずに面接を受けよう

とするものである。こうするのは、人間としてのあるべき本来の姿に逆らっている状態

なので、そこには無理が生じ、精神交互作用のメカニズムを通して、自分にとって不都

合な状態がいよいよ強くなる。この不都合な状態が積み重なっていくほど矛盾が増大し、

ついには神経質(症)の症状が形成されるのである。

 

 そこで、神経質(症)を治すためには、あるがままを正しく深く理解し、それを行動

に移していかなければならない。たとえば、対人恐怖の症状をもつ人ならば、自分の赤

面や、人に見られるときの違和感や、顔の醜さ、その他にこだわりをもち、できること

なら人を避けて会わないでいたいと考えるであろう。その一方では、彼には生の欲望が

あり、人と交わってより豊かな生活をし、自己実現をしていきたいという欲望も存在す

る。神経質(症)は、この相反する二面性に常に悩まされている。

 

 生の欲望を正しく維持しようとするのなら、逃避したいという一方の欲望をそのまま

にしておき、もう一方のよりよき自己実権をしたいという欲望にしたがった行動をとっ

ていくことであろう。つまりこれがあるがままである。

 

 【自己実現と自己陶冶(とうや)】

 これまでに述べてきたことは、とらわれから脱し、神経質(症)を治すための方法的

な問題が主であった。その心髄は、人間としての自己の欲望をいかに生かしていくかに

ある。つまり、自己実現をするということである。また、そのことは、人間の生涯を通

じて自らの人間性をより広く拡大し、より深く深めていく自己陶冶につながっていく。

 

 森田は前述したように、神経質の症状を、人間誰にも存在する普遍的な苦悩として認

めているのであるが、日常者と神経質(症)者は、苦悩という点で連続性をもっていて、

神経質(症)からの治癒過程と、日常者の自己実現あるいは自己陶冶は、密接なかかわ

りをもっているのである。神経質(症)のとらわれから脱していても、我々日常者の前

にはいくつものとらわれなければならない要素が潜在している。人間はその一つ一つの

事象に直面していかなければならない。

 

 この限りでは、人間は死ぬまで何かにとらわれつつ、さらにとらわれから脱してより

広い世界に開眼していくという努力を繰り返さなければならないであろう。神経質(症)

の苦しみのさなかでは、対人恐怖症のように人間関係にとらわれたり、不安神経症のよ

うに自己の身体的不調にとらわれたりするが、それは視野が狭小化され、自分のこと以

外に目が向かなくなり、自分の症状以外に関心がなくなっているからである。

 

 そこでは、往々にして他者に対する配慮や、自分と社会、あるいは文化との関係など、

自分を包んでくれる大きな存在との関わりを無視してしまいがちである。ところが、神

経質(症)のとらわれから脱して、自己確立ができるようになると、他人を配慮する目

や、社会や文化に対する目が大きく見開かれるようになる。つまり、誰かが作ってくれ

る食事を食べ、誰かが運転してくれる電車に乗り、誰かが話してくれる語り言葉に耳を

傾ける。すなわち、こうした関連と連帯の中で自分自身が生かされていることに気がつ

くのである。

 

 このようにして、症状のとらわれから自由になった彼は、自らを家族や、社会や、さ

まざまな人間関係の中で生かし、人間としての意味を求めることに努力をするようにな

るであろう。これは、人間としての自由を獲得し、広げていったことになる。

 

以上のようなことを考え合わせると、神経症的体験は、必ずしも人間にとってマイナスと

なるものではない。苦悩・葛藤を通してその人間を深め、視野を広げ、より豊かな自由を

目指す人間形成に役立つともいえるのである。すなわち、神経質(症)の治療は、とらわれ

からの開放から出発して、人間としての自由へと向かう一連の過程であると考えてもよいのである。

 

【仏教からみた森田療法】

釈尊の教えの根底をなすものに、四諦がある。四諦とは、老いることに抗うことはで

きず、病むことに抗うことはできず、生きることの苦しみに抗うことはできず、死ぬこ

とに抗うことはできぬということ、つまり生老病死に抗うことはできないということで

ある。

 

このことは、一見生きることのなりわいをすべて諦め、放棄するようなニヒリズムの

ようにみえるが、そうではない。人間が直面するどうしようもない事実が存在する限り、

あさはかな人間の考えでそれをどうこうしようということはできず、現実をそのままの

形で真実をもって受けとめようというのがその根幹である。つまり、それが現象をある

ままに認めようということであり、筆者はこれを非常に大きな意味でのあるがままと考

えている。

 

 最後にもう一度、その重要な点を振り返ってみよう。

 1.自分の生きてきた時間、自分が置かれている空間(性格形成を含む)を含めて、

自分の存在を正しく認識する。

 2.自分の苦悩がとらわれに陥っていないかどうかを検証する。

 3.不安や葛藤の性質を顧みて、とらわれているということがわかったならば、その

とらわれの内容を整理し、それをあるがままに認める。

 4.自分の真の欲望が何なのかということをじっくりと考えてみる。

 5.自己の人間としての欲望、つまり生の欲望を実現するために、目的本位の行動を

とる。

 6.以上のような思考・行動を通じて、自己陶冶(とうや)、自己確立をはかる。

 7.人間としての自由を求め、それなりの個性を生かし、創造的な生き方を試みる。

これは、病める者にとっても、日常人にとっても、共通した人間確立の道程であるので

ある。

 

(岩井寛:森田療法 講談社現代新書824)

 

いかがでしたか。

かなり内容は難しかったと思います。

私の整理の仕方が悪くて

いっそう難解になったのではないかと心配しています。

 

西洋の治療は異物を取り去るが、東洋の場合は取り去らず

それを残して共存する道をさぐると書かれていたが、いま思い出した

ことがある。

ある退役軍人が戦場で受けた弾丸が頭の中に入っていて(レントゲンで観察

された)、それにもかかわらず本人は自覚症状もなく元気で、

普通の日常生活を行っていて、あるときくしゃみとともに、昔の弾丸が

飛び出してきたという話のことである。

奇跡に近いような話であるが、体内の弾丸と仲良くしながら

日常生活を送ってきた人の話で、そういうふうに生活できたら

それもよかろうと思う。(なかなか得がたい体験であろうが)

 

こだわりも偉大な仕事をするには必要なこと。

歴史に残るような人物は、一種のこだわりがあったから成功したのではないか。

 

たとえば、玄奘三蔵が大般若経の翻訳をしたときのことである。

サンスクリット原典は、全部で20万頌ある。原文が非常に長いので、

弟子たちは、煩雑な所を除いたり、重複した所を省略しようと提案して

玄奘もそれを認めた。

しかし、ある夜に、玄奘は恐ろしい夢を見た。彼は目が覚めて大いに驚いて

弟子たちに「やはりもと通り省略しないで全部翻訳しよう」と言ったという。

すると今度は夜中に諸々の仏や菩薩の眉間から光が出て、自身の身を照らし、

心が快適になった。あるいは夢の中である人が自分に名菓を奉ずるのを見て、

夢からさめてから喜んだという。

 

これも、こだわりの一種であるが、玄奘はそれでノイローゼになって

仕事が手につかなくなったわけではない。

こだわりが病気の場合には、本人がそれにとらわれて日常生活がおくられなく

なることをさすのであり、正常な人間のこだわりは偉大な仕事に結びつく

ということであろうか。

 

これを機会に、人間の心の悩みなどについて考えてみるのも

いいかもしれません。

 

学生のメンタルヘルスのことは専門家のカウンセラーの先生にまかせるとして、

ここに書かれてあったことを知っておくのも、いいかもしれません。

 

蛇足

 最後に森田療法の実践例と思われるものを紹介します。

その1

ノーベル文学賞作品であるシェンキェヴィッチのクォ・ヴァディスの中で、
時は1世紀のローマ、キリスト教徒受難のことが書かれている。

ネロの迫害をのがれてローマから逃げだそうとして峠まできたペテロが、
今まで住んでいたローマの町を最後にもう一度見ようとして後ろを振り返ったとき、
キリストの姿を認める。なんとキリストが一人ローマへ向かって歩いて行くではないか。

そこで、ペテロは「クォ・ヴァディス 主よ いずこへ行き給う」と聞く。
キリストは、「おまえたちがローマを捨てるなら、私はもう一度十字架に架けられよう」と答えた。

そこで、ペテロは決心を変えて、死ぬことを恐れずローマへ引き返して行った。
迫害が恐い、殺されるのが恐い、それはペテロの本当の気持ちである。しかし、
もう一方では真の殉教者として死を恐れない生き方が自分の最も求める行為である
ことに気がついたのであろう。

つまずいたり転んだりしながら、自分の本当に求める道を進むのが人間なのであろう。

 

その2

私は今までに何回、「私、小説をやめようかな」と呟(つぶや)いたか知れない。

さまざまな理由があった。私は肉体的には丈夫だということになっているが、
精神的には必ずしも安定した性格ではない。私が自分の異常さと闘い続けて
こられたのは、精神病の本を死に者狂いで読んだおかげのような気がする。

....

もし私の心の健康が作家の生活に無理であるなら、私は小説など書かなければ
いいのだ。神は私を一人の女として創られた。しかし小説家として創ったのではない。

「もう、小説なんて書くのやめようかしら」と言うたびに、三浦は、
「どっちでも」と言うのだった。
「本当に辛かったら、おやめよ。だけど、やめて本当にしあわせか?」

そう言われるたびに、私はぐらついた。そしてやめることはいつだってやめられる。
私がやめるべきときには、神が私にやめよ、というはっきりした命令を与えて
下さるに違いないとあえて神ガカリになった。

(曾野綾子:誰のために愛するか、青春出版社)

 

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