博物館をだいじにする国
        見学者の便をはかる
                                宮本 裕  

  はじめに
私は西ドイツのフンホルト財団の奨学研究員と
して,1981(昭和56)年8月より1年2ヵ月,西ド
イツで専門の土木工学の研究をしてきました.私
は化石とか動物・昆虫の標本を見るのが好きなの
で,研究のあいまに,趣味として博物館を見てま
わりました.国立科学博物館で催されたソ連の化
石展も中国の化石展も、上京して見にいったもの
です.せっかくのチャンスなので,国立科学博物
館の小畠郁生博士にお願いして,ドイツで見るべ
き自然史博物館の住所と名前のリストを,教えて
いただきました.

最近は∃−ロッパに旅行する人も多く,時間の
あるとき,自然史時物館を見る人もかなりいると
思いますが,一般の旅行案内の本には書いていな
い情報も多く(たとえば自然史博物館までの交通
機関とか,休館日の案内など),そういう資料を提
供するのも意味あることと考えます.また,最近,
日本各地で,博物館の設立が多く見られるように
なってきましたが,日本の博物館と∃−ロッパの
博物館とを比較して,日本の博物館が,これから
どのような点に気をつけていったらよいかという
ことを,見学者の立場でまとめてみるのも意義の
あることだと思います.

  博物館の原型,ヘッセン州立博物館
1年間家族とくらしたダルムシュタットの町
は,フランクフルトとハイデルベルクの中問にあ
ります,しかし,フランクフルトとカールスルー
エのあいだは,マインツとマンハイムを経由する
鉄道のほうが表通りで,ダルムシュタットの駅は
裏通りの線にあるから,旅行者は気がつかないこ
ともあるようです.ダルムシュタットの町の中
心には,立派なヘッセン州立博物館(Hessisches
Landesmuseum)があります.この博物館は博物
館の原型ともいえる博物館で,美術館と博物館と
を兼ねています.ョーロッハでは美術館も博物館
もミューズィアムといっているようです.

ドイツの博物館は,私が見たところでは,普通
は美術館と博物館を兼ねているようです,たいて
いの博物館には,教会の遺跡の一部とか,古い時
計とか,昔の民俗資料を展示しています.ドイツ
は博物館をだいじにしていると思われました,こ
のダルムシュタットの博物館にも,宗教芸術はも
ちろん,内外の名画や美術品が多数陳列されてい
ました.そのほかに,生物の標本や,昆虫の標
本,そして珍らしい化石も多数展示されていまし
た.多種類のアンモナイト,石炭紀の植物の化
石,背中をそらせた三葉虫,マンモスの骨,魚の
化石など,日本ではなかなか見られないものばか
りです.

ハイデルベルク人の骨や始祖鳥の化石も,複製
ですが展示しています.複製はアップダースとこ
とわっています.本物はオリギナールとそばに書
いています.さすがに本場だなと思いました.こ
の博物館では,lカ月くらいのあいだ,移動展示
資料をならべて,特別に見せることがあります.
クロマニョンの頭骨や古代人の美術作品も,そう
いう特別展示で見ました.

  ゼンケンベルク博物館
ドイツの自然史博物館で,とくに特徴のあるの
は,フランクフルトのゼンケンベルク博物館、ホ
ルツマーデンのハウフ博物館,アイヒシュテット
のジュラ博物館,ゾルンホーフェンの博物館でし
で行けませんでしたが,ほかの自然史博物館は
家族と行きました.

フランクフルトのゼンケンベルク博物館(図1)
は,これらの博物館のなかでは,いちばん交通が
便利です.これひとつ見ても十分価値はありま
す.大きなウミユリや魚の化石や,恐竜の骨格の
展示を見るのは,すばらしいものです.ここは民
族博物館も兼ねているので,アマゾンの干し首ミ
イラもありました.

  父子で設立したハウフ博物館
ホルツマーデンは多少交通が不便で,シュツッ
トガルトからチュービンゲンへ行く途中のベント
リンゲンの駅で乗りかえて,小さな支線で30分の
ところです.駅からも1時間くらい歩かなければ
いけません.車でいけたらそのほうがよいので
す.ホルツマーデンのハウフ博物館(図2−4)は,
この地方で産出された化石を、外国の博物館に売
ってそのお金でこの土地の経済がうるおっていた
のですが,かんじんの地元に貴重な化石が残らな
くなることを心配したハウフ親子がつくった民間
の博物館です.フランクフルトのゼンケンベルク
博物館も,じつはこの地方産の化石を多数展示し
ています.

スイスのバーゼルの自然史博物館でも,このホ
ルツマーデン地方産の化石をたくさん展示してい
ました.バーゼルの自然史博物館には高価な熱帯
産の美しいチョウの標本が,多数展示されていま
した,博物館や美術館の豊富な内容を見て,スイ
スの裕福さを感じたものです.

ハウフ博物館では,大きなウミュリの化石(図
3)や魚竜(図4)の化石がたいへん印象的でした.
ホルツマーデンの小さな町はずれの,のどかな田
園地帯にひとつだけ建っているハウフ博物館の環
境も心がなごむものでした.ドイツのジュラ紀層
は下部が黒っぽく,中部が茶色がかって,上部が
白っぽいので,それぞれ黒ジュラ,褐ジュラ,白
ジュラとよばれていますが,ホルツマーデンの化
石は黒ジュラに属するようです.

  始祖鳥の化石,ジュラ博物館
ゾルンホーフェンのそばのアイヒシュテットの
町は山奥の小さな町ですが,立派な教会があるた
めか,ドイツ国内はもとより,オーストリアなど
からも,人々が訪れるようです.しかし,宿帳をひ
っくりかえしてみても,日本人の名前は見あたり
ませんでした.ミュンヒェンとニュールンベルク
のあいだの鉄道で行くと,インゴルシュタットの
近くのバイエルンの山の中にゾルンホーフェンや
アイヒシュテットの駅があります.アイヒシュテ
ットの駅で小さな汽車に乗りかえ,10分間乗った
終点がアイヒシュテットの町になります.小畠先
生に教えていただいたのは,ゾルンホーツェンで
あってアイヒシュテットではなかったけれど,ド
イツで買った本の中には,ゾルンホーフェンの博
物館は民聞会社のものであるせいか載っていず,
アイヒシュテットの博物館が載っていました,ち
なみに,ゾルンホーフェンの地名を土地の人は,
にごらずソルンホーフェンとよんでいました.ド
イツ語の例外的発音でしょうか.

ァイヒシュテットの博物館(図5,6)は.小高
い丘の上の昔の僧正の館を改造したものです.ハ
ウフ博物館の化石は黒っぽかったが,アイヒシュ
テットの博物館の化石は白っぽかったり明るい茶
色で印象もちがいます.この地方産の魚や貝やア
ンモナイトやカニやエビや昆虫の化石があります
が,なんといっても最大の見も
のは本物の始祖鳥の化石(図6)
でしょう.始祖鳥の完全な化石
は,世界でもロンドンの大英博
物館,東ベルリンのフンボルト
自然史博物館,ゾルンホーフェ
ンの博物館,そしてこのアイヒ
シュテットの博物館だけにある
ようです.あとひとつ不完全な
ものながらオランダにある化石
が,始祖鳥と認められているよ
うです.ゾルンホーフェンのも
の以外の3つの始祖鳥の複製
は,フランクフルトのゼンケン
ベルク博物館にもあります.写
真撮影については,フランクフ
ルトのゼンケンベルク博物館も
ホルツマーデンのハウフ博物館
もアイヒシュテットの博物館も
みなオーケーでした.この点で
は,日本の博物館には撮影禁止
のところが多く,撮影できるよ
うに関係者にお願いしたいとこ
ろです.

  偽化石も展示,古生物学収集館
ミュンヒェンにある有名な美術館アルテピナコ
ティークへ駅から歩いて行こうとして,地図を見
ると,市立レンバッハ美術館の近くに州立の古生
物学収集館(Staatssammlung fuer Pa1aeontologie
und historische Geologie)があるので,回り道を
して,そこの標本を見ていくことにしました.ア
ンモナイト,動物の骨格化石,魚の化石を見て2
階に上がると,2階の教授室の前の廊下にヴュル
ツブルクの偽化石(図7)が展示されているのに気
がつき,内心感激しました.まだ化石が学問的に
よく研究されていなかったころの話ですから,こ
のような石膏で作った化石でも,大学者がだまさ
れたのでしょう.子どもの指くらい太いクモの糸
の巣についたクモの化石を見て,現代のわれわれ
なら偽物とわかるけれど,江戸時代の当時(1726
年に出版した本の中に,このクモの化石や昆虫の
化石や星の化石が載っていた)ではしかたのない
ことであったのであろうと思いました.むしろ,
ドイツの学問の長い歴史に思いしらされたもので
す.

このほかにも,たとえばシュツットガルトやブ
ラウンシュバイクやハノーバーなどにも,かなり
大きい博物館がありますが,内容は動植物の標
本,鉱物の標本,化石の展示などで,他の博物館
と重複するようです.

  小さな町にも土地の博物館
ドイツは博物館をだいじにする国で,どんな小
さな町にでも,その土地の博物館があるようで
す.その博物館の場所もたいてい,昔の館や城や
大学の研究所を改造して使用していたりするの
で,比較的交通の便利なところにあります.入場
料も比較的安く,日曜日などは無料です.日本の
ばあいも,比較的交通の便利なところに作るよう
にしたほうがよいと思います.また,地方の博物
館にも,そこでしか見ることのできないような物
はぜひ展示するようにしたほうがよいと思いま
す.また教育的見地から,その地の産出物でなく
ても,複製や摸型でも説明のためにはおいたほう
がよいようです.日本でも,地方の博物館の建設
と維持には,行政の息の長い援助が必要と思いま
した.

さて,最後に私が訪れた博物館の開館時間を書
いておぎましょう.

フランクフルトのゼンケンベルク博物館(Na-
turmuseum Senckenberg,6000 Frankfurt,Sen-
ckenberg-Anlage 25)は開館時間は毎日9時から
16時までです.ただし水,土,日は9時から20時
までです.ホルツマーデンのハウフ博物館(Mu-
seum Hauff,7311 Holzmaden-Teck)は開館時
間は毎日9時から12時までと13時から17時までで
す.ただし月曜日は休館です.ゾルンホーフェン
のジュラ博物館(Jura-Museum,8078Eichstaett,
Auf der Willibaldsburg)は開館時間は4月から
9月までは,毎日9時から12時までと13時から17
時までです.10月から3月までは,毎日10時から
12時までと14時から16時までです.ただし月曜日
とクリスマス,正月などの祭日は休館です.

ブリュッセルにあるベルギー王立自然史博物館
(Institut Royal des Sciences Naturelles de Be-
lgique)を探して,半日汗をかきながらやっとた
どりついたら,その日は金晦日で休館日であった
という残念な思い出があります.その国や土地の
事情で,博物館の開館日や開館時間に変化のある
ことがあります.責重な時間をむだにしないため
にも,旅行の前によく調べておくことが必要と思
います.この報告が,ドイツの博物館をこれから
見学しようという方のために,何か参考になれば
幸です.
       一 岩于大学工学部教授 ―