コンクリートの寿命

これは
コンクリート協会の協会誌の依頼原稿です。
私の独断と偏見にもとづいた、般若心経からみたコンクリート観といったところでしょうか。

    コンクリートの寿命          岩手大学工学部 教授 宮本裕  最近新幹線のトンネルの天井から、あるいは高架橋の床版からコンクリートの塊が 落ちて、コンクリートの劣化が社会問題となっている。  すでに紀元前3世紀古代ローマ時代に石灰を結合材とした原始コンクリートが使われ ていたが、コンクリートが石材の代わりに構造用材料として本格的に用いられるように なったのは、18世紀の終り水硬性セメントが発明されてからである。  コンクリートの長所の1つとして、耐久性に優れていることがあるが、耐久性は くらべる相手により評価が異なるだろう。たとえばコンクリートは木にくらべれば耐久性 はあるといえるが(法隆寺のように建築に工夫をして維持管理に注意すれば特別寿命は 長い例もあるが)、天然石にくらべれば耐久性がすぐれているとはいえないだろう。  コンクリートの耐久性に影響を与えるものとして、乾燥により収縮し、また引張りの 力に対しては強度が小さいためひびわれが生じやすいことがある。  岩手県における第2次大戦前に作られた鉄筋コンクリート橋を2つほど調べたことが ある。どちらも増大する交通量にあわず狭い幅員のため架け替えを検討されたのであった。 しかし、コアをぬきとり調べたところ、強度は十分すぎるほどあった。現代のコンクリー トの劣化の話題にくらべて、古い橋のあまりにも丈夫であったことが印象的でもあった。  あるコンクリートの大家は、コンクリートの品質が低下したのは、生コン工場ができて からであって、それをあてにして、今まで自分で施工してきた現場の人たちがコンクリー トの基本を学ばなくなったのが、原因のひとつであろうと指摘している。使用する材料が 良いものであったとしても、現場での施工がまた大切なのである。いずれ、コンクリート の品質低下の原因は専門的に解明されるであろうが、昔のコンクリートよりも現代のコン クリートの方がもろい例がかなり報告されている。  しかし、ふりかえってみて永遠に安定したものはない。世の中のものは変わっていくの が真理なのである。たとえば鉄もぴかぴかの状態でいつまでもあるわけではなく、むしろ 錆びる方が自然なのである。  鉄が錆びるのは、もともと酸化するのが安定なのであって、ほっておくと安定化に向か うのである。自然の安定状態の酸化鉄を無理矢理高温で純粋に近い鉄にして人工の製品を 作る。だから、ほおっておくと、鉄は安定した状態に戻ろうとして錆びるのである。  数億年もかかってできた石灰石を高温で焼いてクリンカーを作るとき、そこに人工の知 恵と限界を感じる。いくら巧みにセメントを作っても、それからできたコンクリートは もとの天然の安定にもどっていくのであろう。人間の都合で作られたある条件下での安定 系でおさまるものではない。コンクリートも変質するのである。いやそうやって人工的な 状態から変化して、本来の安定した姿に変わっていくものなのであろう。  般若心経の一節に「色即是空」という言葉がある。天然の岩石でさえ、風化する。形 あるものはこわれる。鉄が錆びたり、コンクリートがもろくなるのはあたりまえ。この へんが人間の知恵の限界であろうか。  もっとも、プラスチックのようにいつまでも変わらず海岸や河川に残骸をさらけだして いるのは困ったことになる。こわれることも必要な場合があるのだ。  でも、構造物の主役の1つであるコンクリートが簡単にもろくなっては困る。自然の 岩石のように、人間の命にくらべて半永久的に頑丈であっては岩石の出る場もなくなるが、 ほどよい一定期間は構造物を支えてほしい。そして、後の人が必要に応じて新しい物を 設計できるように、ある時期が来たらすみやかに崩壊してほしい。  最近の研究によると、コンクリートでさえ分解してしまう微生物がいることがわかった。 廃棄すべき使用済みのコンクリートを速やかに分解する微生物工学の研究に期待したい。  コンクリート構造物も使用目的などに応じて等級をもうけ、必要年数などを指定して、 それに対応した製品を作る時代が来るのではなかろうか。そんな研究を期待したい。

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