少し専門外のチャート(chert)のこと、地質学と地震と化石(ついでにハチミツ殺人事件)

以下に、私の興味はあるが、専門外のことを掲載します。

海底が時間がたつと、隆起して、今では山の上
エベレストの山頂に貝の化石がある、といわれています。

 またプレートテクトニクス(plate tectonics)という言葉があり、
日本の近くの海溝で、大地が深くもぐりみ
その時まわりの地盤に刺激や衝撃をあたえて、ときどき破壊によりひずみが
開放されて地震が起きるという説があります。

 このあたりの相互関係が、以下の説明ではいまいち不十分なのですが、
ともかく教養講座ということで、紹介しましょう。

出典は
造山帯の岩石:チャート
(斎藤靖二、国立科学博物館ニュース 第285号)

 チャートという堆積岩はとても硬い岩石で、風化や摩滅しにくいので礫(れき)
となって残りやすく、河原でよく見られる。

 堆積岩の中でチャートに和名がなく、砂岩や石灰岩と違ってカタカナで表記されて
きたのは、おそらくチャートの成因が長い間わからなかったことと、
その地質学的重要性もわからなかったことに原因があろう。

 チャートというのは、化学的にはほとんどシリカ(SiO2)からなり、鉱物学的に
は微細な石英の集合となっている堆積岩のことである。

珪質で硬く均質緻密な性質を持っているので、黒曜石などとともに石器に使われたり、
火打ち石に利用されたりした。

 野外の崖で見ると、チャートにはきれいな縞模様がよく発達していて、薄く成層して
いることがわかる。
ふつう厚さ数cmの珪質層と数mmの泥質層とが交互に積み重なって、リズミカルな
互層を作っている。

 このような層状のチャートは、玄武岩起源の緑色岩とともに、日本列島の山地を
つくっている中・古生層によく見られるものである。

チャートや緑色岩といった岩石は、アパラチアやアルプスあるいは北アメリカ西岸を はじめとして、
世界の造山帯を特徴づけるものとして古くから注目されてきた。

 ところが、チャートについては地質の観察と化学分析による研究がなされただけで、
具体的な証拠なしに、
その成因がわからないまま多くの議論がなされてきた。

古くからのチャートの成因論をまとめると、化学的沈澱説と生物起源説になる。

どちらも決め手がないまま対立していたが、かっては海水からコロイド状シリカが
無機化学的に沈澱したとする考え方が支配的だった。

化学組成がほぼ純粋であることや、少ないながらも温泉や乾湖などに無機質シリカの
沈澱物があったからだ。

 問題はもともとたまった物がなにかを示すことだった。
しかしチャートは現在では安定な石英の集合体となっており、
いわば一種の変成岩のようなもので、はたして本来の堆積組織が残っているかどうか、
それが問題だった。

 解決の糸口は、予想外にも小さな化石を調べる分野からもたらされた。1960年代
も末のころ、チャートにコノドントという微化石がふくまれていて、
それが年代決定に役立つことから、たくさんのチャート資料が弗酸(ふっさん)で処理
された。

 そのとき、チャートの弗酸腐食面には、静かに堆積した証拠である細かな縞模様・
ラミナ(葉理)があらわれ、
さらには肉眼や顕微鏡下では見られなかった多くの放散虫化石が、レリーフとなって 浮きでてきた。

 走査電子顕微鏡でくわしく観察してみると、チャートが放散虫といった珪質プランク
トンが降り積もってできた岩石であることは、もはや疑いのない事実だった。

 チャートはまさに生物がつくった岩石といってもよいものだ。そして、陸源の砂粒が
まったくふくまれていないことも、注目すべき事実だ。

なぜなら、それはチャートが陸から遠くはなれた海域で形成されたこと示唆しているか
らである。

 炭酸カルシウムの殻をもつ微化石がふくまれていないことも、そのことを裏づけている。

つまり、チャートが堆積したのは、炭酸カルシウムが溶けてしまう炭酸塩補償進度
(CCD:現在の海では深さ4000m)よりも深いところと考えられるからである。

また、チャートの厚さを年代で割って推定される堆積速度も千年に数mm以下と
小さく、浅海での速い堆積速度とはまったく異なっている。

このようにチャートの正体が明らかになってみると、チャートが形成された場は、
陸から離れた珪質プランクトンの生産量が高い海域で、
その遺骸が静かに降り積もる深海底であったということができる。

 では、どうしてチャートが造山帯にあるのだろうか。これは、造山運動のような地球
の大きな動きを探るテクトニクスの問題である。

 ちょうど1960年代の末ごろは、すでに大陸移動説が古地磁気学によって劇的に
復活し、ついで海洋底の秘密が解きあかされて海洋底拡大説が証明され、
現代の地球観プレートテクトニクスが確立しつつあったころである。

 その考えによると、拡大移動してきた海洋底は、大陸の縁で地球内部へと沈み込む
ので、そこには地表がひきずり込まれて海溝ができる。

そのとき海洋底の一部や、その上にたまったチャートなどの堆積物ははぎとられ、海溝
にたまっている陸源の砂や泥と混じることが当然予想される。

チャートが造山帯にあることは、もしかすると新しい地球観を証明するのではないかと
考えられた。
そこでチャートの地質学的産状は。あらためて検討されなければならなかった。

 それまでは、チャートがつくる地層も他の堆積岩がつくる地層も、すべて整然と積み
重なっていると考えられていた。

ところが詳しく調べてみると、チャートは泥岩や砂岩の中に大小様々の塊として入って
おり、地層としてきれいに重なっているものではなかった。

微化石年代もそのことを証明した。チャートのほうがより古いのに対し、まわりの泥岩
のほうがつねにより新しいのである。

古い時代にできたチャートが、より新しい時代の泥の中にまぎれこんでいるというわけ
である。

 陸の側にたまった泥の中に深海でできたチャートが入っている複雑な産状は、陸と海
の境界・海洋プレートの沈み込み帯(海溝)での現象と考えるのが、
もっとも合理的な解釈である。

 チャートは移動する海洋プレートによって沈み込み帯すなわち造山帯にもちこまれ、
そして陸側に押しつけられて大陸地殻の一部になったと考えられる。

 このように付け加えられた地質体を、付加体という。大陸地殻がこのような作用で
成長していくという考えは、付加テクトニクスとよばれている。

 古くから日本列島の骨格をなすとされた秩父古生層は、放散虫化石などで年代を
決めてみると、実は古生層ではなかった。

チャートは三畳紀、まわりの泥岩はジュラ紀で、ほとんどが中生代の地層である。

新たな視点で見なおすと、秩父古生層と誤解していたものはジュラ紀の付加体であったのだ。

 時代不詳とされてきた西南日本太平洋側(外帯)を占める四万十(しまんと)帯は、
放散中化石と古地磁気を利用して調べると、白亜紀から第三紀の付加体で、その中の
チャートや玄武岩の枕状溶岩はやはり遠く離れた海側からもたらされたものだった。

 いまでは日本の古い時代の地層に関する常識は、一変してしまった。

チャートとその構成物質である放散虫化石は、日本列島だけでなく世界の造山帯の
テクトニクスを考えるのに欠くことのできないものの一つとなっている。

ドラえもんの漫画の中で、たしかのび太が海底を歩いて行く場面があった。
深海で、プランクトンの死骸が雪のように静かにふり落ちる場面で、
作者も科学を勉強している人なのであろう。

チャートが深海のプランクトンの死骸であって、地震を引き起こすプレート
テクトニクス理論の強い力でチャート層がめちゃめちゃにされ、
やがて新しい泥の層といっしょになって
別の地層を形成し、それがいつのまにか山の上になるのであろうか。

なにしろ人間のスケールを越えた長い時間のできごとなので
ぴんとこないのである。

 しかし我々はそういう長い時間のはてにできた動植物の死骸生産物としての
石油や石炭をたいて、この寒い冬をのりきろうとしている。

なお蛇足ですが、
数年前、岩泉方面で林業作業の人達がハチミチを見つけてなめたところ
トリカブトの毒が入っていて死んだ人が出ました。

故意の殺人か(誰かが意識的にトリカブトの毒をハチミツに入れたのか)
と騒がれましたが、走査電子顕微鏡のテクニックにより、問題のハチミツを
分析したところトリカブトの花粉が入っていたので、天然のトリカブトの花の
蜜を蜂が集めたものとわかり、事故死とされました。

化石の分類に使われる電子顕微鏡技術も花粉の分析に使われたりして
我々の日常生活に役に立つこともあるわけです。

私の専門はプレートが引き起こした地震力によって、大地の上に造られた
構造物がどのような挙動をするか、壊れるか、大丈夫か等を研究するのです。

昔は化石が好きだったものですから。

チャートの岩石(珪石)は砕かれ、軽量コンクリートの骨材として使われる。
その微粉末を、アスファルトに混ぜて使えないかという研究を発表していた。
珪石の微粉末5%+消石灰をフィラーとして使う可能性。2001.2.21

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