Faculty Development

Faculty Development 教育業績の評価 講演会に参加してきました。
・講師 早稲田大学非常勤講師 浅羽通明氏
・講演テーマ 大学を通過する人、残る人
  ある学生からこの講演感想メールが送られてきました。

感想メール

それでは昨日のFaculty Development 講演会の感想を報告します。 まず第一印象として浅羽さんの物事の本質を見抜く洞察力とそれをはっきり口に出すという点に強い 衝撃を受けました。 多少毒を含んでいるかんじもありますがああまではっきり物を言う大人は初めて見た気がします。 さて自分でも「大学とは研究機関と教育機関との二面性を持っている」ことぐらいは知っていますが そのさも当然である姿に疑問を抱き「研究者は教育者ではなく、教授できる対象はその道を志す新入 りに対してだけだ」という説はバイトの例え話を用いると非常によくうなずける話です。 戦後、雨後の筍のように急増した大学。もともと主に卒業後学者になる学生にしていた講義に、「大 学へ入りやすくなったから入学した」という大多数の学生がついていけるはずがありません。 しかも少子化、高学歴化が進み、「大学くらい出ておかないと駄目だ」といわれる現代において、 さして勉強する気もない奴が大学にあふれ返っていると思うとえもいわれぬ焦燥感にかられます。 こんなことになったのも、世間一般が浅羽さんのおっしゃったように「お免状」を欲しているからだ と思います。 うちの両親も息子に大学卒の肩書きを背負わせてやりたいという気持ちで大学に行かせてくれている んだと思います。 極々物事を正確に捉えた話で、以前から大学に感じていた不満や不合理等の原因の一部がはっきりわ かった気がします。 以前課題として自分の学科の講義のガイダンスをする通論を提案しましたが、話の冒頭で「大学教育 論」なる講義を引き受けた事があると言い、「世も末だ」という感想をもらしていました。 いずれの講義にも「当たり前のことだが実はよく解っていない事を教える。」という共通点があるよう な気がしてなりません。 一つだけ違う感じたのは、「個人のスキルはさほど重視されない。集団にスキルが宿っていればい い。」とプロジェクトを例に挙げて納得してしまうところでしたが、スキルのない奴が集まってもそ れはただの烏合の衆で何もできないでしょう。粒が揃っていればこそなのだと思います。 一人の学生が「自分はこれから何をしていけばいいのか?」という質問をしていましたが、あの時自分 もまったく同じことを考えていました。 大学の構造の矛盾、それにただのほほんと乗っかってきた自分。ただ大学を出ることは社会的にメ リットはあっても自分にとってそれ程大事な事なのかという疑問。そしてこのシステムはこれからも 維持されていくだろう。何故なら一般大衆がそれを選んだのだから、そう考えると自分はもっと何か をしなくてはならない気がします。 決して前向きな話ではありませんが「現実をよく見極める」という点で非常に素晴らしく、また珍しい 講演会だったと思います。