韓国料理

焼き肉は好きですか?
鄭大聲 新潮選書

肉膾 ユッケ
モンゴルに支配されたとき持ち込まれた。タルタルステーキと同じ食べ物。
脂や筋のない赤身の肉 当時の牛は役牛でその硬い肉を食べやすく細く刻んだ。
昔は王が(夏は腐りやすいから)冬の昼食に食べた。

カルビ
カルビとは肋骨付近をさす朝鮮語である。
ロースより歯ごたえがあり、赤身肉と脂身のまじった肉質は焼くとジューシーである。
江戸時代に朝鮮通信使の接待に提供した。

牛の第一胃 ミノ 切り開いたら三角形の蓑傘に見える
牛の第二胃 ハチノス 蜂の巣に似ている 茹であげ熟膾(スッケ)で食べる
牛の第三胃 センマイ 生で食べる
牛の第四胃 アカセンマイ(ギャラ) 味と舌触りが抜群の焼肉
牛の大腸 テッチャン 焼きすぎぬよう
朝鮮語では反芻胃の一部をカッと呼ぶ。これは笠のことを意味する。
牛の第一胃のミノの部分を切り開くと三角形の簑笠のように見えるから、
笠を訳して「みの」になったと、この先生は思いこんでいた。
センマイは李朝時代の文献には、百葉と書かれていた。
ミノもセンマイも朝鮮語の翻訳だろうと思っていた先生は
今から150年以上も前の文献にからも日本人はこの言葉を使っていた
ことを発見して、ミノ、ハチノス、センマイは江戸時代から日本人が
使っていた言葉だと思うようになった。

ホルモン
これを「放るもん」から来たとするのは俗説。在日の人の対談が新聞に載ったのが
最初というが、言った本人があとで責任を感じているとか。
捨てるどころか、ホルモンは内蔵から分泌されるものだから、内蔵を食べると
精力増強につながると期待して、ちまたで内蔵をホルモンと呼ばれてきたのだろう。
戦後に、男性ホルモンや女性ホルモンには生体を活性化する作用があると、
マスコミで取り上げられたのも、内蔵を食べることが普及した原因のひとつだろう。
1941年難波の洋食屋「北極星」がホルモン煮という商標登録をとっている。

トウガラシ
1542年 ポルトガル、スペインの宣教師から大分県に伝わった記録がある。
1614年 朝鮮の記録「南蛮椒には大毒がある。倭国から伝わったので倭芥子という」
「酒家では、その芥子を焼酒(焼酎のこと)に入れ、これを飲んで多くの客が死んだ」
(早く酔うように入れたのであろうか)
トウガラシのカプサイシンは、強い抗菌性と抗酸化性をもつ。
腐敗を防ぎ食品を長持ちさせる。
また食欲増進効果と消化を助ける効果もある。
辛いトウガラシを食べると、発汗し、血のめぐりがよくなり、ストレス解消に役立つ。

キムチ
つけもの沈菜(チムチェ)がチムチ、キムチと変化した。
もともとはトウガラシを入れなかったが、トウガラシが日本から入ってきてから
キムチにつきものになった。
(早く酔うように入れたのであろうか)
トウガラシのカプサイシンは、強い抗菌性と抗酸化性をもつ。
腐敗を防ぎ食品を長持ちさせる。
キムチには浅漬けタイプと発酵した熟成タイプとがある。
発酵キムチは、乳酸菌のたくさんいる乳酸菌食品である。

カットゥギ
ダイコンの角切りキムチ、日本ではカクテキという。

オイキムチ
オイとは胡瓜のこと。胡瓜つまり瓜は5世紀頃朝鮮から日本に伝わった。
京都府相楽郡の石碑「瓜生田の遺跡」は、朝鮮からの渡来人の瓜栽培を記念するもの。
古語では、朝鮮も日本も瓜は「オリ」と呼ばれていた。
日本語では「オリ」が「ウリ」となり、朝鮮半島では「オリ」が「オイ」になった。

サンチュ(チシャ)
サンチュは生菜(センチェ)からできた言葉。サンチュの仲間のサニーレタスも
使われるようになった。
もともとは、ご飯を生菜で包んで食べる食べ方を(サム)という。
焼肉料理が身近なものになってきて、焼肉を生菜で包んで食べるようになった。
だから、ご飯や焼肉を「サンチュ」で「サム」するわけである。
なお、調味料サム醤(ジャン)をつけて食べる。
サム醤(ジャン)にはコチュジャンがよく使われる。

ナムル
ナムルとは野菜の和え物。肉を食べるときの口直しによい。
ナムルに多く見られるのが、大豆もやし、ゼンマイ、ほうれん草。
ナムルに欠かせないワラビ、ゼンマイについては注意することがある。
これを食べ過ぎるとビタミンB1が壊される。(十分加熱して食べましょう)
謹慎の身である人、たとえば僧侶(単身赴任者も)が食べるとよいとされている。
毎日食べ続けると確実に活力がなくなるということだ。
私はむかし、放牧をしている牛がワラビを食べ過ぎて、ワラビ中毒を起こしたという
研究の講演を聞いたことがあります。 ワラビ、ゼンマイを食べ過ぎないように。

食用かぼちゃの葉の作り方。
まず未成熟の葉をとってきて裏側の繊維は引いてとる。
それをザルに入れて、ご飯を炊いている釜(電気釜ではない)の中に入れる。
入れるタイミングはかまどの火を止めて、しばらくごはんの蒸れるのを待っているときが良い。
釜の蓋を素早く開けて、かぼちゃの入ったザルをごはんの上に置く。
こうすると、ご飯の蒸気がかぼちゃの葉を熱してくれる。
するとかぼちゃの葉にあるトゲがなくなり、緑色が鮮やかになった「蒸し葉」ができる。
食事の時、この葉にご飯を包んで食べるのである。
いつも泊まる宿で、この食事が出され、感心しながらもどうやってかぼちゃの葉を
食べやすく作るのかと思ったことがある。
やっと了解した。

ムッ
ムッはそば粉、緑豆粉、樫の実などの澱粉で作る。
柔らかくてプリンか絹ごし豆腐の歯触り。
そば粉で作るのをメミルムッと書いてあります。

ミョックッ
ワカメスープのこと。
朝鮮では昔から妊産婦の食事にはワカメスープが欠かせなかった。
ワカメスープは子育てスープ。

ユッケジャン
本来は ユッ(肉)ケジャン(狗肉スープ)は狗肉スープのことであった。
しかし、現代はユッケジャンは牛肉スープのことである。
ユッケジャンには骨などは入れない。
肉のかたまりを骨などと一緒にゆっくり煮込んでから、
もやし、ワラビ、ネギ、香辛料、ゴマ油で煮上げたものがテグタンである。

ピビンパプ
ご飯の上に各種の具を盛ってから、匙でよくかきまぜて食べる。
昔宮廷で急に王の賓客が現れ、困った料理人が残ったおかずを体裁よく
ご飯に盛りつけて、新しい料理だから、よく混ぜ合わせて食べるようにと
説明したと言われている。
儒教の祭祀で親戚など大勢集まったときに、各種料理をピビンパプ風にして食べると
給仕する方も楽であるから広まったものと思われる。
まぜるときに、ワカメスープを匙でかけたり、コチュジャンを使うのもよい。

クッパ
クッ(スープ)パ(ご飯)でスープご飯のこと。
温かいご飯を器に盛って上から熱いスープをかける。
冷たい残りご飯にスープをかけるときは、改めて煮立てるとよい。
日本のおじや、あるいはリゾットに比較できる。

冷麺
朝鮮半島では、冷麺はそば粉と小麦粉の代用品の緑豆粉で作る。
中国でも日本でも、麺の作り方には3つの方法がある。
 手で引っ張って細長くする拉麺の方式
 手打ち蕎麦のように切り麺の方式
 冷麺 ビーフン 春雨などの押し出し方式
ぼろぼろくずれるそば粉が材料なので、引っ張ったり伸ばしたりして作る方式は
冷麺には向かないので、押し出した細長い麺を熱湯釜で受けてから、冷水で急冷する。
盛岡冷麺は数寄屋橋にあった食道園で働いていた青木輝人(楊龍哲)氏が
店主が帰国したのをきっかけに、1954年盛岡に食道園を受け継いで、
生まれ故郷の咸興冷麺の味を出そうとして苦労した。
盛岡市民の味覚に合わせて、そば粉を使わず、小麦粉と澱粉を材料にして冷麺を
作ったところ人気が出て、盛岡市内に冷麺を出す焼肉屋が増え、
盛岡冷麺は全国的に有名になった。

温麺
朝鮮半島でも南の方では、カル(包丁)クッス(麺)と呼ばれる
手打ち方式の麺で作る。小麦粉が多くてもよい。
北の方では冷麺を作るときの押し出し麺を温かいスープで食べるタイプが多い。

辛子明太子
辛子はトウガラシのこと。
明太はスケトウダラの朝鮮語読み。 明太(ミョンテ) 釜山では明太(メンテ)
これから日本語のメンタイができた。

焼酒 ソジュ  焼酎のこと。
法酒 日本の清酒に相当する。もともと朝鮮には清酒があったが日本統治時代禁止された。
マッコルリ 濁り酒 アルコール度数は高くない。
トンドン酒 味の良いマッコルリ。マッコルリの上澄みを集めた酒。

チヂミは日本のお好み焼きに似ている。
一般に日本ではチヂミと呼ばれているのは、パジョンと呼ばれるものと
ピンデトッと呼ばれるものを区別しないで混同している場合が多い。

パ(ネギ)煎(ジョン)
小麦粉とネギを使ってお好み焼き風にしたもの。
ピンデトッ
緑豆の粉に豚肉、桔梗の根、ワラビなどを混ぜて練り、
油で焼き上げたものを「緑豆チヂミ」「緑豆煎餅(チョンピョン)」
と呼ぶが、通称ピンデトッと呼ぶ。

もともと緑豆粉を練って平べったく焼いたものは、冠婚葬祭時の
床(膳)にしつらえられる串焼きの肉料理を、高く盛りつける
ための台の役割をするものだった。陶磁器の器ではなく、
緑豆粉でつくった食べ物を置き台にしたのである。
串焼きの肉料理からしみ出す脂を吸収させるのに、緑豆粉を
油で焼いたものが合ったからだろうとされている。

こうした冠婚葬祭を豪華にできるのは限られた裕福な人たちだけだった。彼らは行事を終えると、用の済んだ緑豆の粉の台を、捨てるのは
もったいないから、町中の貧しい人たちに分け与えた。
李朝時代の凶作の時には、貧しい人たちが食べるものもない
状況がおこった。このとき金持ちたちは冠婚葬祭に関係なく、
緑豆粉で平べったく焼いて「貧子(ピンジャ)の餅(トッ)」を
彼らに分け与えた。
このことから、この食べ物を貧子餅(ピンジャトッ)と呼ぶようになった。

いま、緑豆餅はピンデトッと呼ぶが、
ピンデとは、いわゆる南京虫のことである。この南京虫の
はいつくばっている格好が、ちょうど緑豆餅のできあがった
形と似ているから、そう呼ばれるのであろう。
しかし、ピンデの意味は変わったらしく、この先生が1985年に
北京で、中国に居住する朝鮮族の政府高官と対談したとき
ピンデとは賓待(ピンデ)の意味であると説明されたそうだ。

調理方法としてのチヂミは、少し意味が違う。
煮物のことをチヂミと呼ぶのが本来の意味である。
汁気のごく少ない煮付け料理をチョリムと呼び、
グツグツ煮るチゲ鍋料理との間の汁気の少しある料理のことを
チヂミと呼ぶのが本当の意味であった。
したがって本来は、油で焼いたチヂミ料理に少々のスープを
かけて食べたものであろう。それが今のように汁をかけないで
食べるようになったと思われる。

この先生は
京都生まれで大阪市立大大学院修了の理学博士。長い間、東京都小平市の
朝鮮大学校教授を勤めた後に、滋賀県立大学教授となる。
金日麗(キム・イルリョ)女史との共著である
韓国家庭料理入門も良い本である。
金日麗(キム・イルリョ)女史は神戸で生まれ、尼崎市に韓国家庭料理の
「高麗飯店」を経営する。
阪神大震災の時、ボランティア活動により農林水産大臣から表彰される。

さて、この本の著者鄭大聲(チョン・デソン)先生は
子どもの頃食べた民族料理がどうして体によいか、大学に入ってから
理論的に理解し始めて、この方面の研究者となる。
キムチは発酵することによって、乳酸菌(整腸作用)が増殖し、にんにくの成分
(ビタミンB1が吸収されやすくなる)や唐辛子の効用(発汗、消化促進)と
あいまって優れた健康食品となる。
生にんにくをすりつぶすと生ずるアリシンという物質と、にんにく中にある
ビタミンB1が結合したアリチアミンという「にんにく型ビタミンB1」の作用はすばらしい。
脚気にはビタミンB1が効果があるが、ビタミンB1だけでは体への吸収がよくない。
にんにく型アリチアミンならアリシンがビタミンB1の吸収と保持を助けるのですぐ効果が現れる。
 (にんにく型ビタミンB1は商品名アリナミンで売られている)