ドイツ語の新正書法導入
新規則の要点を紹介する

ドイツでは98年8月から新しい正書法が導入されている。

すでに96年から多くの学校で教えているこの新正書法は、
長年議論の的となってきた。ある子どもの父母が起こした
正書法改革は憲法違反であるという訴えをカールスルーエ
の連邦憲法裁判所が却下したことは、まだ記憶に新しい。

ただ一州、シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州だけは新正書
法導入の是非を問う住民投票で有権者の56パーセントが反対票
を投じたため適用を除外され、ちょっとした混乱が起きた。
この最北端の州の住人だけが旧正書法を使い、学校の教科書も
昔のままというのは、なにやら小さな町の偏狭な市民を描いた
昔話を彷彿させる話だ。

2005年までは移行期間であるから、旧正書法も間違った用法
ではなく、単に古い用法として通用し続ける。

正書法改革とは、どのようなものか。
フ0年代この方、ドイツ、オーストリア、スイスの専門家たちは、
ドイツ語表記の簡略化と系統化のため共同作業を進めてきた。
96年フ月、この3カ国は正書法の新統一規則に関する国際協定に、
ウィーンで調印したのである。

ドイツ語圏内で一定の拘束力をもつ規則ができたのは
1902年のことで、以来、辞書の「ドゥーデン」が正書法基準の
代名詞となった。

しかしその後も多数の個別規則が追加されたために、ドイツ語
正書法をマスターするのは決して容易ではなかった。

特に大文字書き・小文字書きの区別、分かち書き、続け書きの区別に、
規則の統一性が欠けていた。またコンマの打ち方でも、
これまでの決まりは例外が多すぎて、書き手は迷うことが多かった。

より簡略に、全体を把握しやすく
新しい規則は、なによりもシンプルであること、全体として
把握しやすく利用しやすいものであること、を意図して作られた。

新ドゥーデンが掲げる文字表記に関する規則の数は、
これまでの212から136まで滅っているし、コンマに開する
規則も38から26に減った。

しかし「字面」という点で目立つのは、ドイツ語特有のβの使用が
これまでよりずっと少なくなることだろう。

温存されるのは長い母音の後(例えばMaβ/マース)と
二重母音の後(例えばheiβ /ハイス)だけで、
短母音の後は新しい規則では「ss」と表記される(例えばdass/ダス)。

州文部大臣会議のあげている数字によれば、このsに関する変更を
除外すると、新正書法によって変化を被るドイツ語の語彙は、全体
の0.5パーセントにすぎないという。

最も重要な変更が行われたのは、音声と文字の対応、大文字書き・小文字書き
の区別、分かち書き・続け書きの区別、句読法、分綴法、という5つの領域
である。

ざっと説明してみよう。まず音声と文字の対応に関する変更には、
すでに述べた「ss」と「β」の使用に関する新しい規則も含まれるが、
ほかにも派生語の表記はその根語によるという原理がある。

例えば、これまで動詞「置く」は、plazierenと表記されていたが、
これからは「場所」Platzの派生語ということでplatzierenと書く。

また、合成語で同じ文字が3つ連続する場合でも、これまでの
ように文字をひとつ落とす必要はなくなった。
例えば「船舶航行」を意味するSchifffahrtは、これまではSchiffahrt
と表記された。

また、外来語をドイツ語化して表記することも(義務ではないが)
可能である。
例えば「イルカ」はDelphinではなく、Delfinと書いてよい。

また改革によって、大文字書き、小文字書きに見られた矛盾もなくなった。
小文字で書く例外をなくし、大文字で書くべきところは、
今後は基本的に必ず大文字で書く(der Einzige,auf Grund,Rad fahrenなど)。

さらに新規則では、合成語の分かち書きがこれまでよりも多くなる
(例えばkennen lernen)。

コンマに関する規則はかなり簡略化されるとともに、多くのケースに
ついて、書き手に裁量が与えられた。

また分綴法もシンプルになって、例えば「stは離すと痛がる」
という小学生が昔から暗唱してきた文句はもはや通用しなくなり、
sとtを分けて書いてもよい(lus―tig)。

ckは、これまでのようにk―kと分けるのではなく、そのまま
まとめて次の行頭へ回されるし(例:Zu‐cker)、
単独の母音を分綴することも許される(例:U‐fer)。

詳細を知りたい人は、ドゥーデン出版またはベルテルスマン・
レキシコン出版から出されている辞書が、新しい規則を説明すると
ともに新表記を明瞭に示しているので参照されたい。

また、インターネットのwww.duden.de(詳細な語彙リストも掲載)、
あるいはwww.lexikonverlag.de(e・mailでの問い合わせも可能)
というサイトでも関連情報を得ることができる。

 
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矛盾があるとの批判
しかし新しい規則も、矛盾を完全に払拭できたわけではなかった。
例えば「両親」が「年老いた」を意味するaltの派生語であるから
といって、これをAlternと書くことはしない。表記はこれまで通り
Elternである。

あるいは「怖がらせる」は、これまでのangstmachenに代わって
大文字でAngst machenと書くが、その一方で「私はびくびくしている」
は、mir ist angst und bangeと小文字のままである。

批判者からは、新正書法のせいでなくなってしまう語彙がある
という主張も聞かれる。例えば、「椅子にすわったままでいる」
sitzen bleiben と「落第する」sitzenbleiben。
新規則ではどちらも分かち書きされるので、意味の区別が失われてしまう
というのだ。

2005年までは旧正書法も認められるものの、ほとんどの学校の
授業では、すでに新正書法が教えられているし、教科書や児童書の
出版社も新版については新正書法を採用している。

その一方、官庁などはこれから段階的に切り替えていこう
という状態だ。

娯楽文学関係の出版社は、まだほとんど新しい正書法に対応して
おらず、作家自身に判断を任せるという方針のところもある。

切替えはまず実用書から、そして文学書へと時間をかけて進行する
だろう、とドイツ書籍取引業者組合はみている。大手新聞社のうちすでに
新正書法を採用しているのは「ディ・ヴォッヘ」だけである。

しかし通信社が、今年99年8月にいっせいに切り替えを予定している
ので、8月以降は大方の新聞・雑誌もこれに従うことになるだろう。
雑誌「ドイッチュラント」も同様である。
(Zeitschrift Deutschland  1999, No.1)

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