基礎ドイツ語

ドイツ留学前に数年間、この三修社の雑誌を購読していました。
ドイツ語の能力はさっぱり上達しませんでしたが、ドイツ語の文法の
知識はこの雑誌のおかげで高いレベルを知ることができました。

この記事の転載については、出典を明示し原文を変更しないという条件のもとで、三修社から許可を得てあります。

第27巻第1号−第12号(昭和51年5月−昭和52年4月)

ドイツ婦人の率直な意見
             サスキア・イシカワ=フランケ

拝啓 お手紙ありがとうございました。日本についての忌憚ない意見を聞かせよ
とのことでしたが,実は少々迷っています。というのはあなたがどんなタイプの
日本人でいらっしゃるのか,まだ存じあげていないからです。もしかしたらあなたは,
外人と見れば電車の中であれどこであれ大胆かつナイーヴに突進して英語の実地訓練
のチャンスを逃がさず,そして必ず「日本のご感想は?」と尋ねるのを忘れない
あのタイプの人々のお一人なのでしょうか。

この方々のこの種の質問は質問というより確認に近くて,「ハイ,日本人は親切で
勤勉で清潔好きで順応性に富んでいて,風土は正にワンダフル,桜の美といったら
もう夢のよう,神社仏閣能歌舞伎,お茶にお花に富士の山、もひとつおまけに新幹線,
ステキ!」というような口当たりの良い言葉を外人の口から聞きたいNarziBmusが
根底にひそんでいるように思われてなりません。

それともあなたは,同国人の批判的意見には一向無関心なのに,それがひとたび外人
のロから発せられると喜悦の涙とともに拝聴し,一億総ザンゲ的恍惚状態に落ち込んで
しまうマゾ的傾向を持ったあの人達のお一人でしょうか。もしそうなら,
かの有名な外人コンプレックスも相当重症のように思われます。
.............
要するに,日本に生活して最も私の気になることは,ヨーロッパ的意味の 
Diskussion や,自他に対する批判やら(だから終局的には責任感とも結びつくと
思いますが),そういったものが少なすぎるように思えることです。 

いつでしたか何人かの紳士方と会食したとき,20年も勤めながら
3週間の有給休暇もとりづらい雰囲気の職場から遂に思い切って退職した
ある女性(男性だったら事情も少しは違っていたのではないでしょうか!)
にたまたま談が及んだことがありました。

ところが一座の内のお二人が(例外的に批判好きの日本人なのです!)
この件の批判を始めたところ,他の方々は一様に岩みたいな顔になったり,
ソワソワして他の話題を探すのです。 Kritikなんてお呼びじゃないよ,
さあさ楽しく飲もうじゃないか,Loreleiでも歌おうじゃないか!...
てな具合。

別の例をあびてみましょう。公園で小さな子供が蛙に自分の頭ほどもある石を
ぶっけようとしていましたので,私が(日本語で)「イケマセン」と注意しました。
するとどこからか母親が出てきて「ホラ,よその人に叱られたじゃないの!」と言い,
私を横目でにらみつけ,子供の手を引張って行ってしまいました。
他人の子供を叱るなんて何という鬼婆の毛唐だと思ったのでしょうね。

もう―例:私の知人が家を建てました。前もってくどいくらいに念を押して
おいたのに,大工さんはいざとなると自分の好きなようにやってしまいますので,
その都度知人は kritisierenいたしました(まったく当然のことです)。
するとある日大工さんは言いました:「文句言うならもう明日から来ねぇよ」

話題が少しとぶのですが,最近Aufklaerung(啓蒙主義)についてのゼミナールに
参加するチャンスがありました。 BuechnerやHeineやHerweghやTucholsky等について,
日独の研究者の間で活発な議論がかわされ大変有益だったのですが,そこで私を突然
不安にしたのは,もしひょっとして,(私自身を含めた)大多数の参加者に
とってAufklaerungが単に研究の対象でしかないとしたら,そしてその研究は
 sich aufklaeren(自らの蒙をひらく)とか,自ら aufklaert(開明的)な生きかたを
するとかいうことといっさい無関係であるとしたら,学問研究なんて何のためなのか
 ― という疑問でした。もちろんこれは日本だのドイツだのという外的条件とは
無関係な一般的問題で,その意味ではこのお手紙の主題からはずれるのですが,
最近強く感じたことのひとつなので書きそえました。

偶然ながら先日ある日本人の学生さんがこんなお手紙をくれました
(もちろんドイツ語です):
「知識のための知識に僕はほとんど何の関心も持ちません。知識は人間に人間たる
刻印を押すある大きな力の一部であるべきです。
人間を更に人間らしくするために役立つべきものです。」

この学生さんは文学史上の啓蒙主義については無知かもしれません。
でも啓蒙主義の本質は完全につかんでいます。
さて、この点あなたはいかがでしょうか?
     (9月号)

このドイツ人の日本人批評はよく見かける記事の1つです。
議論をしたがらない、会議も全員賛成スタイルの好きな日本人は
欧米人の目には異様に映るようです。
文化の違いでしょうか。あるいは我々が議論に対して怠慢なのか。

             

 

 

ドイツに関するページに戻る