ドイツのゲーテ・インスティトゥートの体験

三修社の語学雑誌「基礎ドイツ語」第34巻第4号(1983.7臨時増刊)の依頼原稿です。

                  宮本 裕  私は1973年ごろから5年間ほど「基礎ドイツ語」を購読して,毎月の添削や懸 賞出題に応募しながら,大学時代に習ったドイツ語を復習してきました。念願だ ったフンボルト(Alexander von Humboldt)財団の研究員として1981年の8, 9月の2か月間Freiburg[フライブルク]のGoethe‐Institutでドイツ語を勉強 し,その後1年間Darmstadt[ダルムシュタット]工業大学で専門の土木工学の研 究をしてまいりました。1年2か月の滞在をふり返って,私なりの感想をつづっ て,後輩である「基礎ドイツ語」の読者諸君の参考に贈りたいと思まず。  Goethe‐Institutでは自分の勉強を反省する意味でGrundstufeの修了試験を受 けました。その時の授業においても,日本人は文法などはよく知っているのに, 話したり聞いたりする力が外国人にくらべて劣っているように思われました。一 例をあげると,ギリシア人やイタリア人が名詞や冠詞の性や格の変化をまちがえ たり,不規則動詞の変化を教室の中で初めて覚えたりしているのに,先生の質問 になんとか答えて会話をすすめていくのには感心しました。先生も細かい一つ― つのミスは指摘せず,それからどうしたのという調子で相手になってくれます。 イタリア人とスペイン人が,それぞれ自国語を話しながら会話をしているのにも 大変驚きました。(イタリア人がイタリア語で話しかけると,スペイン人はそれ を聞いてわかるらしく,スベイン語で答える。そしてイタリア人もまたスペイン 語を聞いて理解できるようです。)まるで東北出身の人が東北弁で話をすると, それに対して九州出身の人が九州弁で応ずるというぐあいです。スペイン語,イ タリア語,フランス語はラテン系の言葉で似ていますが,∃−ロッパの言語は多 少は共通する部分を持つようです。もう ―つの例ですが,そのスベイン人とドイ ツ語で話していたときです。私は化石 (Fossilien[フォスィーリエン])という言 葉を言ったら,彼はニヤッと笑って,「自 分はまだそのドイツ語は習ったことはな い。しかし,それはラテン語から来た言 葉のようだから理解できる。」と言った のにはまいりました。思わず心の中で不 公平だと叫んだものでした。  Goethe-Institutの先生が黒板に書く文字はドイツ式で,私たち日本人には読み にくいものでした。rやtやfやsに特に悩まされました。実用的なドイツ語 の勉強のためには,日本の大学でも,ドイツ人の教師との接触が必要だと思いま した。  さて試験は次のような配点になっていました。まず第一日目にみんなで教室で 受ける試験です。   Leseverstehen(読解力)            30   Schriftlicher Ausdruck (Brief)(表現力−手紙)  15   Hoerverstehen(聴き取り)           30   Strukturen/Wortschatz(構文/語い)       15 この後,合格者は個人面接で次の試験を受けます。   Alltagssituationen(日常会話)         10   Gelenktes Gespraech (応用会話)        16   Aussprache(発音)               4 l20点満点ですが,72点以上とれば合格です(120-108 sehr gut, 107-96 gut, 95-84 befriedigend, 83-72 ausreichend)。 この試験の印象は,文法知識よりも 長文を読む力,ドイツ語を聞く力,自分の考えを表現する力を重く見るようです。 すなわち文法や熟語の知識を調べる項目は満点でも15点で全体の12.5%にしか すぎません。  文法の問題の例をあげると:  1) Inge,der Kaffee ist fertig. ―Danke,ich moechte jetzt _____________ . a)kein  b)keine  c)keinen  d)keins  4つの中から,空欄に入る正しい答を1つ選ぶ問題です。  2)Du,die Wurst schmeckt so komisch. Ist die noch _____________ ? a)gut  b)jung  c)lebendig  d)1eicht  ソーセージがkomischというのは,いたんでいるみたいだという意味のよう です。  3) In der neuen Schule machen unsere Kinder gute _____________ . a) Aussichten b) Erfolge c) Fortschritte d) Vorteile  ざて,読者のみなさんは,これらの問題がおできになりますか? ちなみに正 解は:1)はc),2)はa),3)はc)です。  読解力の試験も時間が足りないくらい豊富な内容の長文を読んで,正解を選ぶ 形式です。単語力が必要です。手紙を書く試験は,与えられた主題をうまく盛り こんで,形式をととのえた手紙にすることです。私たちの受けた試験では,これ までの自分のドイツ語の学習を振り返りながら,あるドイツ語の書物の出版社に 対して,従来の学習書や専門書について外国人としての意見や感想を述べ,今後 の要求を知らせるという手紙でした。辞典を見ないでドイツ文を書くのは,つづ りのまちがいにも気をつけねばならず,大へん骨が折れました。  聞きとりの試験も耳が慣れないと,2回読んでくれるのですが,何を言ってい るのかと考えているうちに,あっと言う間に時間がすぎて日本人にはなかなか大 変なようでした。口頭試問では,たとえばレストランで自分の注文しない物が出 て来たときどう言ったら良いかなど,具体的な場面での会話をテストされます。 もう―つの試験では,いくつかのテーマの中から自分の好きなテーマを選んで, それについて質問に答えるものです。  この試験をふり返って,数か月あるいは1年程度しかドイツ語を習わない∃− ロッパ人がこの試験に合格しているのは,とにかく彼等はよく外に出歩いて,ド イツ語を使っているからだと思います。お茶を飲んだり,ハイキングに行ったり して,実によく遊んでいるように見えても,ドイツ語を実際によく使うという練 習をしているようです。真面目な日本人がGoethe‐Institutと下宿の間を往復し て,あとは部屋にとじこもって宿題をやっているだけではだめなようです。日本 人は先人の努力の蓄積のおかげで,文法の力は他の国の人にくらべてかなりなも のだと思います。文章を書くときは,文法的に正しいきちんとした文章を書ける ようにしたいものです。しかし,会話ではむしろ文法にこだわって,名詞の性や 格あるいは動詞の変化など考えすぎて,言葉がつかえたりするよりは,多少のま ちがいを気にせず,相手が理解できなければ別な単語を言ったり,違う表現をす るなど,量をたくさん言うほうが良いみたいです。積極性と慎重性の使い分けが 必要だと思いました。なんとか試験に合格したことが,以後の研究や生活の上で 多少の自信を与えてくれました。ドイツ語の世界にとり囲まれた中で勉強するの は,日本にいるよりも理想的ですが,練習,練習のくり返しが大事なようです。  長男が現地のプロテスタント系の小学校の2年生の後半と3年生の前半の計1 年間を勉強しました。2年生で名詞の複数の変化を復習したり,3年生で不規則 動詞の過去形を学んでいました。1年足らずの中に文法をひととおり学ぶ日本の 大学生は忙しいわけですね。しかし子どもも,自分に関係のあることば,Eis[ァ イス]「アイスクリーム」,Kaugummi[カオグミ]「チュウインガム」,Schokolade[シ ョコラーデ]「チョコレート」,Saft[ザフト]「ジュース」,Zuckerwatte[ツッカーヴァ ッテ]「わたがし」,Pause[パオゼ]「休み」などはすぐ覚えてしまうようです。習う より慣れろというんでしょうか。

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