一行のメンバーであるO氏のキルギスレポートです。
この文章からも我々のキルギスの入出国がいかに困難であったか、わかるでしょう。

キルギスの4日間

 このたび、シルクロ一ドの二つの地を訪問してきた。敦煌で知られる新疆ウイグル
自治区と、その西にあるキルギス共和国である。
 中でもキルギスは、かつてソ連に属して中国と対峙していたため、入国が制限され
ていた。ソ連崩壊による独立後も、日本人には縁遠い国である。ここでは、キルギス
事情に限ってご紹介することにしよう。

●入国時の辟易(へきえき)
 首都ビシュケクの空港。入管手続きを待つ我々一行に、Tシャツの兄さんが、税関を
通り抜けて近づいてきた。「タクシー?」職員は見て見ぬふり。彼は執拗につきまとい、
荷物に手をかけようとする。ノー、ノー、ノー。
 税関の中で客引きとは……と驚いている間もなく、次には出迎えのガイドが、これまた
税関を通り抜けてきて、Tシャツの兄さんを制圧し、職員に話しかけた。そっと数枚の
札が動く。
 入国審査が終わり出口へ向かうと、またギクリ。我々を見た職員が、開いていたドアを
閉め、錠をかけてしまったのだ。「おいおい、何だよ」再びガイドの手の札が動いてドア
が開く。そこにキルギスの青空があった。

●バザールは民族のるつぼ
 ビシュケクはバザールの町。辻々に屋台が並び、地面に荷を広げている人も多い。中
でも、大規模なオシェバザールをのぞいた。
 広場は何百という屋台で埋めつくされ、さまざまな民族衣装、言語、品物がごっちゃに
なって、売り声がワーンと響いている。聞けば、50以上の民族が集まっているそうだ。
 日用品から衣類、雑貨、食品、家具と、すべてそろっている。たとえば肉。屋台ごとに
羊、牛、豚、鶏……。頭あり足あり内臓あり。そうした店が何十と連なっている。すべて
切り売り。暑さの中で冷蔵庫はなく、売れ残りはどうなってしまうのか。
 使い古したじゅうたん、空のペットボトルやロゴが印刷されたビニール袋、なぜか
生きた孔雀を売るお婆さんもいた。
 私設の両替屋も並んでいる。 ドルにルーブルに元。そのほか近隣諸国の通貨も替えら
れる。看板を見ると、レートは店ごとに微妙に異なっている。さすがシルクロードの拠点
である。

●イシクル湖の高級官僚専用サナトリウム
 別荘地イシクル潮は、ビシュケクから車で4時間ほど。宿はソ連統治の遺産、高級官僚
専用のサナトリウムに用意されていた。
 高いレンガ塀に囲まれた別世界。正門には鉄のゲートと警備員、犬小屋に3頭のドーベ
ルマン、庭にはバラの花が咲きそろい、アカシア並木の後ろに宿舎が5棟。プールやテニ
スコート、音楽ホールまで完備されている。
 食事は病院食。アルコールは御法度。客はリゾートファッションのロシア人が主。ソ連
崩壊後、有能なロシア人官僚は引き上げたそうだが、皆いなくなってしまうと、この国の
行政は機能しなくなるとか。

●馬乳酒は牧人のもてなし。
 標高3,974メートルのトルグート峠へ。「爪先上がり」という表現を借りれば、
バスだから「前輪上がり」に登っていく。急坂や急力―ブはない。左右は牧草地。その向
こうに天山山脈が雪をかぶって、悠々と連なっている。
 朝食時、パオのひとつを訪ねて、馬乳酒をご馳走になった。この国の遊牧民は95
パーセント以上が定住。夏は高原のパオに暮らし、冬は山を下りて干しレンガの家で、
マイナス40度にもなる厳寒をしのぐ。電話もガスもない暮らし。
 パオの中は意外に広い。ゆうに10畳以上あろうか。馬革製の容器から馬乳酒を桶に
移すと、主人はまず我が子を呼び、目の前で椀に注いで飲ませた。これが客人をもてなす
礼儀という。それから順にふるまわれた。

●辺境に居座る旧ソ連軍部隊
 昼過ぎ、トルグート峠を越えた。中国はすぐそこ。だが、出国はまったく難儀だった。
 国境警備隊のゲートで、通行許可証に運転手の名が記載されていないと、止められたの
だ。当方は、国境で中国側運転手に交代するから、キルギス人運転手の通行許可は不要と
判断。しかし、警備隊は、ゲートから国境までの間(緩衝地帯)、運転手を通せないと、
がんとして譲らない。時間がうんざり過ぎていく。
 キルギス国境警備隊は、旧ソ連軍の居残り部隊。政府から給料と食料は支給されている
が、監督下にはないらしい。それが、黒光りする銃を肩に、酒手稼ぎに精を出している。
 交渉の末、警備隊指定の運転手を雇い、バスはやっと動きだした。緩衝地帯は約7キロ
の荒漠。時計は4時半を回ってきた。

O氏から事前に送られてきた原稿の最後には、以下の文章が続いていたが、
おそらく字数制限のため載らなかったらしい。
●キルギス共和国の概況
 天山山脈の北に位置し、国土の3分の1は3000メートル以上の高地。面積20万
平方キロメートル。人口450万人。うちキルギス人52パーセント、ロシア人22
パーセントなど。宗教はイスラム教スンニ派。ロシア文字使用。通貨はソム(1ドル=39ソム)


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