金 英達  の 頁


留学が私に与えてくれたもの

  私は中国の東北部にある大連市で生まれ育てられました。日本との関わりがかなり 深い町だそうです。 1980年代、中国の改革開放以来、日本の車、家電製品などが どんどん中国に輸出し、日系企業も続々と大連に進出してきた。デザインの精巧で、 品質のいい日本製品は、つい中国の人々に愛用され、TOYOTA NISSAN CANON SOH など のメーカ名はまるで耳に馴染まれるようになりました。そして、私を含め、多くの 中国青年は、日本に対しとても関心を高めました。どのような社会、どのような人間が これらの素晴らしい作品を作ったのかを、自分の身でいつか体験できればと私が思い はじめました。   宮本先生たちのおかけて、1998年10月から日本での留学生活をはじめました。もう 三年になりまして、すっかり慣れました。三年の間、見聞と感想は山ほどありますが、 今日は其の中のいくつかだけを言わせていただきたいと思います。   私にとって、日本と言う国は、何でも進んでいて、日本の品物は何一つ文句つけ られる所がないかのようでした。ところが、日本に来て間もないうちに日本の品物の中 には中国のそれより遥かに立ち遅れている者もあることに気付いたのです。それは 自転車のベルです。日本の自転車のベルは一回押すとチンと一回しか鳴らないのに対し て、中国のベルは一回押すとくるくる回りながらチンチンと十回ほど迫力のある音を 鳴らすのです。日本人は手が器用だとよく言われているのになぜこのように簡単なもの もできなかったのだろうと思いました。しかし、日本の道で自転車に乗って走るうち に、軽い一回のベルの音は前の人に道を譲って貰うために軽く「すみません」とお願い する音に聞こえたのです。恐らく、日本の設計者は物を設計する時、先ず人に迷惑を かけてはいけないと思ったのでしょう。人に迷惑を与えない、と言うのは人間社会で 誰でも守るべきことだと思いました。日本では至るところに「ご迷惑をお掛けします」 とか「ご遠慮ください」とかが書かれた貼り紙や看板が見られます。人に迷惑をかける ことは遠慮すべきだと言う人間としてとても大事なことを日本人は子供からお年寄り まできちんと守って暮らしているのを見て感心しました。日本での留学経験がある人に とって、一番大きい収穫と言えば、自分が学びたい分野でのレベルアップは勿論、人に 迷惑をかけることは遠慮すべきだと言うことをしっかり身に付けたことではないで しょうか。   私にとって、留学が与えてくれたもう一つの大きな影響と言えば、ボランティアと 言うことを始めて、考えさせたことです。   去年の秋、青森県の十和田湖に紅葉を見に行ったことがあります。そこでボラン ティア活動をしている若者達と出会いました。車椅子に乗っている障害者の世話で必死 でした。美しい景色を思う存分見せたい気持ちで汗びっしょりで走り回りました。主に 脳の障害をかかえた人達だったので、何かを話しても殆ど反応がありませんでした。 とても綺麗な赤色に染められたお山を指しながら一生懸命彼らの視線をそこに向かせ ようとしました。その気持ちが伝われたか、わずかですが障害者達の顔に微笑みが見ら れました。そのわずかの微笑みで若者達は喜びを堪えきれない様子でした。その喜びの 笑顔はこの世の幸せを全身に感じる人にしか見られない美しいものでした。人に愛を 与えることによって、自分もこんなに幸せになるんだなあと思いました。その時から、 ボランティアと言うことを考えるようになりました。自分の周りにも、ボランティア活動 をしている人が大勢いらっしやることに気付くようになりました。留学生にボランティア で日本語を教えてくださった方々、留学生の催しに参加し、ボランティアで料理のお手伝 いをしてくださった方々、数え切れない程でした。自分もいつかボランティア活動に参加 する気持ちになりました。人を愛し、互いに暖かい心で触れ合える人格は、自らの体験に よってこそ育まれると確信したのです。   こんな経験を経て、私は建築専門のエンジニアとして愛情が溢れる優しい建築を 設計する決意をしました。日本に来て、新幹線とか地下鉄の目の不自由な人が安心して 歩けるように工夫されたプラットホーム、列車に車椅子が便利に乗り降りできるような 装置が設けているのを見て感心しました。体の不自由な人、弱い人が安心して便利に暮ら せる社会を作る為に、建築関係の人達が成すべき仕事は山ほど多いと思いました。人に 対する愛がなければできない仕事だと思いました。日中両国の建築専門家が手を組んで 携わればもっと素晴らしいアイディアが生み出されると信じたのです。   愛情に富む、知識豊かな、日中両国に有益な仕事ができる人間になりたいです。 これが私の目標です。


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